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「……でべそなのじゃ」
「なんと」
「殿はこの事をいたく気にしておられる。この事は城内でも一部のものしか知らん」
「よしっ、じゃあ吉良の役は赤井様に決まった。ご家老、早速明日赤井御門守様のところにいってまいりましょう。『赤井御門守様には、是非申しあげたきことが』『なんじゃ』『実は当三本松藩当主においては、生まれついてのでべそ』」
「ばか、そんなこと言いに行けるか。ことはもっと婉曲に運ぶのじゃ」
「と、申しますと」
「まず赤井御門守殿のお屋敷の出入りの商人に、そうさな、呉服屋がいいぞ。出入りの呉服屋にいってだな、特別あつらえの腹巻を注文するのじゃ」
「腹巻ですか」
「そう、『うちの殿におかれては人並外れたでべそのため普通の腹巻ではへそがおさまらん。是非ここはへそおさめの付いた腹巻をあつらえて欲しい』とかなんとかいってな。そうそう、『このことは是非ご内密に』というのを忘れるなよ」
「ご内密にって、内密にされたら困ります」
「ご内密にといえばますます喋りたくなるのが人の常だろうが。ま、そうやって出入りの商人に洩らせばあとは商人からお女中衆にお女中衆から賄方に、しまいに御門守殿の耳にはいること間違いなし」
「こりゃすげえや。さすがはご家老様だ」
「物事はこうやって運ぶのじゃ」
「首尾よくいけばご家老は第二の大石ですよ」
「その時にはお前にも一番槍をつとめさせてやろう」
 話が万事まとまり、弥三郎はさっそく赤井家出入りの呉服屋で特注の腹巻を注文した。さああとは話が段々に伝わって殿がかんしゃくを起こすのを待つばかり、今日か今日かと待っていたある日、城内から火急の知らせが飛んできた。
「ご家老様、一大事にございます」
「うむっ、どうした」
「本日江戸城内にて殿が、赤井御門守様とちょっとしたことから口論になり、」
「うむっ」
「『でべそ』とののしられ、逆上した殿は御門守様に殿中にて切り付け」
「うむっ」
「殿は切腹っ」
「うむっ」
「赤井御門守も傷が重く今し方お亡くなりに」
「うむ?……うーむ、止め役を決めるのを忘れたか」

     [完]




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