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大型新春娯楽時代劇小説
仇討配役記
佐野祭

 元禄十六年二月……
 江戸は赤穂浪士の義挙の話で持ちきりであった。
 昨年十二月十五日未明吉良邸に討ち入った大石内蔵助良雄はじめ四十七名の赤穂浪士は、みごと主君浅野内匠頭長矩の遺恨の相手吉良上野介義央を討ち取った。
 このまさに徳川百年の眠りを覚ます快挙に江戸の町衆が沸き立ったのは当然のことである。猫も杓子も寄ると触ると義士の噂義挙の話、やれ忠義の士よやれ武士の鑑よと大騒ぎ、江戸八百八町があたかも赤穂浪士一色に塗り潰されたかのようであった。
 義挙の話で持ちきりだったのは町衆ばかりではない。
 ここ三本松藩江戸屋敷で、江戸家老松本喜三郎が執務の後いつものように茶を一服しているところへやってきたのは御用人杉野森弥三郎である。
「ご家老、お聞きになりましたか」
「なんだ」
「赤穂の義士の方々、ついに切腹が決まったそうで」
「ほう。予想されていたこととはいえ、おいたわしいことよ。あの方々こそ武士の中の武士、私も是非あやかりたい」
「まったくです。いまや五つの子供ですら彼らの噂をしない者はありませんからな」
「まっこと私たちもすわというときにはかの如き見事な散りざまを見せたいものだ」
「そうです。考える度ぞくぞくしますな。雪の師走の明け方に、揃い装束の赤穂義士、向かうは本所吉良屋敷、狙う敵の吉良いづこ、屋敷に踏みいる四十七の顔と顔、長槍かざしてかかる相手をばったばったと……」
「こらっ、興奮するな、物差しを振り回すでない」
「ご家老、うちの殿も誰かに切り付けませんかねっ」
「たわけたことを申すな。そなたも殿のご気性は知っておろうが」
「あ、ええ、ご気性?まあ、ありゃご気性ってほどのご気性でもないですね。誰かに袴の裾踏んづけられてすっころんでも『あ、いたーい』ってなもんで、怒るでなしにこにこしてら」
「君主たるもの寛容が肝腎なのじゃ。そのように申すやつがあるか」
「殿の場合はありゃ寛容というより呑気なんですよ」
「どちらにしろうちの殿は浅野殿のような短気なお人柄ではない。そんな間違っても殿中で刀を振り回すなんてことがあるもんか」
「うーん、うちの殿には浅野殿の役は無理か。殿が怒らねえことには話が始まらないんだけどなあ」
「……待てよ。そうだ、あの方なら殿を怒らせることができるかも知れん」
「へっ?そりゃ、どなたで?」
「赤井御門守殿。この赤井殿普段のお人柄はいいんだが、人の肉体的欠点を見つけるとずーっとその話を何度も何度も繰り返して、えーい思い出しても腹が立ってきた」
「ご家老が怒ったってしょうがないんですったら。でもあれですよ、うちの殿にそんな肉体的欠点なんてあるんですか」
「うむ、ここだけの話だがな、殿は……」
「はい」

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