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大型企業小説
三本松電機の躍進
佐野祭

 最近のヒット商品と言えばなんと言っても三本松電機の自然天候型エレベーターであろう。開発第一部の松本喜三郎課長は語る。
「こういう高層建築が当り前の時代ですとね、三十七階からやっとこさ降りてきたら上に傘を忘れていた、という不幸な事故が後を立たないんですよ。なんとかならないかという声が、ユーザーの間でも高かったんですね」
 最初はエレベーターの中に「傘を忘れてませんか?」という掲示を出すことで対処してみたが、効果は薄かった。
「結局毎日同じエレベーターで同じ掲示を見てますと、どんな派手な掲示でも『見れども見えず』で、注意をひかなくなってしまうんですね。で、視覚よりも触覚に訴えた方がいいだろうということになりまして」(松本課長)
 発想そのものはごく単純なものであった。つまり、エレベーターの中にも外と同じように雨を降らせてやろうというのである。杉野森弥三郎技術課長補佐は語る。
「雨を降らせる、と口では一言ですけど技術的にはいろいろ問題を含んでましたね。例えば、上下に稼働するエレベーターにどうやって給水口をとりつけるかとか」
 初期の自然天候型エレベーターのワイヤーを見る機会があれば、ワイヤーの中に一本ホースが混じっているのにお気づきになるに違いない。
「試作機はいかにも『スプリンクラー』という感じの雨になってしまいましてね。自然な雨の感じを出すのに苦労しました」(杉野森課長補佐)
 しかし、解決はまさにコロンブスの卵であった。
「屋根を取ればいいんですよ。そうすればややこしいことをしなくても、外の雨が自然とふりこんでくる。後は排水口をきちんとつけてやるだけです」(杉野森課長補佐)
 これで問題は一気に解決したかに見えた。だか、ここで一同は思わぬ難問にぶつかったのである。
「当然みんな傘を差したまま乗りますからね。乗れる人数が極端に少なくなってしまうんですよ。でも、この地価が高い時代にエレベーターの面積を広げるわけにはいきませんしね」(松本課長)
 そこでスタッフが考えた解決策は、「エレベーターを二階建てにする」という画期的なアイデアであった。これであれば面積はそのままで、収容人数は倍になる。
「しかしこの方法にも若干難点はありましたね。上のエレベーターの人が、いつまでたっても一階に降りられないんです」(杉野森課長補佐)
 しかしここまでくれば解答はおのずから見いだせる。上のエレベーターから下のエレベーターに、階段をつけたのである。
 こうして自然天候型エレベーターは商品化された。今ではそのビルの規模に合わせて、3階建て、4階建て、あるいはそれ以上の高層エレベーターも登場している。
「結局今の時代の『自然を大事にしよう』という風潮とうまくマッチした。それに、上り下りに階段を使うというのが健康ブームの今受けたみたいですね」(松本課長)
 三本松電機はこのたび三十九階建ての本社ビルを新築したが、ここでもこの自然天候型エレベーターが使われている。この本社ビルの物は今までにない大規模なもので、エレベーターも三十九階建てなのだ。今年の三本松電機の前途は明るい。
「私も毎日上っています」(松本課長)

     [完]




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