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大型リクルート小説
独尊
佐野祭

 杉野森弥三郎は今年の春、学生に人気ナンバーワンの三本松商事に就職した。
 三本松商事は人気企業だけあって、給料が高く、商社のわりに残業が少ない。また、上司や先輩もいい人ばかりで、弥三郎も充実した日々を送っていた。
 そんなある日、課長が緊張した面もちでみんなに伝えた。
「社長のお話があるから、大講堂に集まるように」
 大講堂は一万人の三本松社員がひしめきあっていた。だか、みな硬い表情で息を殺している。その緊張は社長で創業者の松本喜三郎翁が壇上に現われると最高潮に達した。
 喜三郎翁は講壇の水で軽く口を湿し、マイクの位置を調整するとおもむろに語りだした。
「花より団子」
 あっという間に一万三本松社員は講堂から姿を消した。弥三郎が勝手がわからずもたもたしているうちに、一人の社員が戻ってきて、後を追うように一万三本松社員がみな戻ってきた。最初に戻ってきた社員はそのまま壇上に駆けのぼった。その手には丸に「は」の字のついた、桜の木の下で団子を持った子供の描かれた一枚の札が握られていた。
 喜三郎翁はカルタを確認すると、大きくうなずき、再びマイクに向かった。
「泣きっつらに蜂」
 再び社員一同は表に飛び出していった。弥三郎も今度は何とか遅れずに飛び出した。約五時間ほど一万人の社員は東京中をくまなく捜したが、やがてある社員が「な」の札が御茶の水駅聖橋口側男子トイレの掃除用具入れの中にあるのを発見、全員に集合がかかった。
 喜三郎翁は満足そうにうんうんとうなずき、また語りだした。
「亭主の好きな赤烏帽子」
 一か月ほどの間は何も起こらなかった。喜三郎翁が鳥取砂丘の砂山の中に「て」の札を隠したためである。しかし、全国に散った一万三本松社員の日夜の努力により、ついに「て」の札は発見され、社員たちは再び講堂に戻ってきたのである。
 喜三郎翁は梨をかじりながら帰りを待っていたが、カルタを見るとむっくりと立ち上がり言った。
「臭いものに蓋」
 弥三郎は内心焦っていた。今度こそ、俺が見つけてやる。しかしそんな思いとは裏腹に、「く」の札は一向に見つからなかった。全国あちらこちら思い当たるところを捜してみたが、「く」のかけらもない。ぼんやりと新幹線に乗り込み、大井川を過ぎようとしたときである。
 ふと弥三郎の頭にひらめくものがあった。この前は砂丘の中だったから、今度は水の中というのは大いに有り得る話ではないか。弥三郎は大急ぎで新幹線から飛び降り、大井川に飛び込んだ。
 大井川はおりからの雨で増水していた。あまり泳ぎの得意ではない弥三郎は何度も水に飲み込まれそうになったが、気力を振り絞って泳ぎ続けた。そしてついに、河口から二十キロほど離れたところに丸に「く」の字の書かれた札がぷかぷか浮いているのを発見したのである。
 弥三郎が大喜びで取りに行こうとしたとき。反対側からどこかでみたような男が泳いで来た。三本松の先輩社員だ。弥三郎はせっかくここまできて負けてたまるかと、最後の力を振り絞った。先輩社員もこちらに気がついた。お互いのスピードが速まる。そしてわずか三センチの差。弥三郎の手が一瞬早く札を握ったのである。
 弥三郎は岸に上がった。(勝った)ふるえる心で改めて札をじっくり見て、弥三郎は呆然とした。
 そこにはけつを丸だしにした男の絵が描かれていた。「屁をひって尻つぼめ」の、「へ」の札だったのである。
(お手付きだ)
 弥三郎の顔から血の気がひいた。
 失意の弥三郎は東京に戻った。東京ではちょうど別の社員が八甲田山の雪の底から「く」の札を見つけ帰ってきたところであった。三本松商事一万社員は再び講堂に集まった。喜三郎翁はカルタを一瞥すると、声高らかに宣言した。
「聞いて極楽、見て地獄」

     [完]




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