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「ないすとぅみーちゅー、ないすとぅみーちゅー」喜三郎が愛想を振りまく。
 彼はいま来日したIOC委員を出迎えに成田空港に来ているのだ。
「いやあ、日本は暖かいなあ」
「そりゃあもうここにはハワイや東南アジアから一日何便も来ますから。空港はいつもぽかぽかです。さあ、お車へどうぞ。長野はここと違って寒いですから十分暖かくしてくださいね」
 委員たちを車に載せると、自分が車に乗る前に喜三郎は電話をかけた。
「もしもし。松本だが」
「あ、杉野森です」
「いま成田だ。これからそっちに向かう。どうだ長野の天気は」
「はあ。今日の長野は平年よりかなり……」
 その元気のない声から最後まで聞かなくても中身は知れた。
「ぬくいです」
 喜三郎は舌打ちした。
「そうか。じゃ、打合せ通り頼む」

「ここが長野を代表する寺院、善光寺です」
 助手席から後ろを振り向いて喜三郎が説明した。
「じゃあ、せっかくですから降りて善光寺を見学しましょう」
 喜三郎の車に続いてほかの委員を乗せた車も次々に止まる。
「ブルルルッ、これはけっこう寒いな」
 真っ先に降りた北欧の委員がつぶやく。
「はい、皆さんお集まりください。寒いですからね、暖かい格好してきてくださいよ。ああっあまりそっちの方行かないで。はい、この善光寺は602年に建てられました」
 説明をする喜三郎の横で委員たちは日本の町並みを珍しそうに眺めている。
 街行く人はみな分厚いコートにマフラーをし、ロシアのシャープカのような毛皮の帽子をかぶっている。
 その中に弥三郎と手児奈もいた。
「弥三郎さん、暑いですぅ」
「仕方ないじゃないかよ、いま俺たちは氷点下十度の中にいることになってるんだから」
「あの冷房、ここまで効かないんですか」
「無茶いわないでよ、あの屋外用の冷房を作るのどれだけ苦労したと思ってるの。あの委員がいる辺りの五メートルしか効かないんだよ」
 手児奈が恨めしげに眺める方にはトラックにカモフラージュした巨大な冷却装置があり、IOC委員に絶えず冷気を送りつけていた。
 もちろんコートを着た人々もさくら。長野五輪招致を成功させるべく長野市民が一丸となってがまん大会をしているのである。
「手児奈」
「なんですか」
「汗かくな」
「無理ですぅ、そんなあ……大変です弥三郎さん」
「どうした」
「セーターで歩いてる人がいます」
 手児奈の指す先にはコート姿に混じって一人だけセーターで歩いている男がいる。弥三郎と手児奈はあわててその男のところへとんでった。

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