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大型歴史小説
風前の灯
佐野祭

 都は荒れていた。
 天下を統一するかにみえた織田信長は、家臣明智光秀の謀反にあって本能寺で切腹して果てた。その光秀も羽柴に討たれ、これよりは秀吉が天下を狙うこととなった。
 ここ毛利の城下では、来たるべきいくさに備えて人々が忙しく動き回っていた。毛利の家臣、松本喜三郎忠信は武器を調達せんと東の刀屋、西の鉄砲屋へとかけずりまわっていた。だが、刀・弓矢・鉄砲はいつ秀吉が攻めてきてもよいほどに集められたのだが、鎧かぶと、鞍あぶみがまだ十分ではなかった。
 そんなある日、喜三郎はとある噂を耳にした。
「南の三本松のところに鎧づくりの名人がいるそうな」
 早速喜三郎は三本松を訪れた。
 鎧づくりの家に着き必要な旨申しつけると、年老いた名人は喜三郎を一つの蔵に案内した。蔵の中には数多くの品々が並んでいたが、どの品にも覆いがかぶせてあった。
 老人は喜三郎をある覆いの前に連れて行くと、その覆いを一気にとった。喜三郎は息をのんだ。まさに一国の大将たるものがつけるにふさわしい、鎧・かぶと・鞍・あぶみであった。
 老人は静かに言った。
「武具馬具」
 そして老人はその右の覆いもとった。喜三郎は絶句した。初々しい若武者の息吹を感じさせずにはいられない、鎧・かぶと・鞍・あぶみであった。
 老人は静かに言った。
「武具馬具」
 そして老人はその左の覆いもとった。喜三郎は天を仰いだ。先の二つをしのぐ、これこそ天下を治むる者にそぐわしい、鎧・かぶと・鞍・あぶみであった。
 老人は三体を指して言った。
「三武具馬具」
 続けて老人は向いの覆いと、その右の覆い、さらに左の覆いととっていった。その度に喜三郎は体が震えてくるのを止めることができなかった。
 老人は喜三郎の目を見つめ、静かに言った。
「あわせて武具馬具六武具馬具」
 喜三郎は今こそ主君の恩に報いるときがきたと思った。
 喜三郎は言った。
「ブクバブグブガブミブンバム、あわせてブムバムムグブガブ」
 戦うことのむなしさを知った喜三郎は刀を捨て、郷里の松戸に帰って梨作りをはじめたという。

     [完]




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