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 喜三郎はさりげなく聞いた。
「スティービー・ワンダーってさ、昔から目が悪かったのかな」
「ああ、小さい頃からみたいよ」
「ふーん。でもまあ、目の不自由な有名人って結構いるからな。ヘレン・ケラーとか、鑑真和尚とか」
「へー。鑑真和尚って目が見えなかったんだ」
「うん」
「ふーん。それで猿と豚と河童を連れて旅するのって、大変だったろうな。そういえば食堂のおばさんさあ、猪八戒に似てると思わない」
 こいつ。三蔵法師と間違えてやがる。
「でもさあ、最近食堂の飯なんかべちょべちょしてないか。そりゃ三百円だもの、もっとうまい物食わせろとは言わないよ。だけどさあ、米の炊き方くらいちゃんとして欲しいんだよな」
 そのとき喜三郎の脳裏にはっとひらめくものがあった。
 食堂の飯→白米→しろまんま→しろばんば→井上靖。
 自分でも苦しいものはあったが、喜三郎はさりげなく聞いた。
「そういえばさ、健康食ブームの時に麦飯を出したことがあったじゃない。しろまんまじゃなくて」
「あっちの方がまだましだったな。でもさ、食堂の中じゃやっぱ一番まともなのはそばなんじゃない。そういえばさあ、こないだ駅の反対側の立ち食いそばにいったんだけどさあ、あそこ結構うまかったよ。こっち側のよりうまいんじゃないかな」
 だめだ。井上靖から完全に離れてしまった。
「あそこはねえ、いろいろ中の具が揃ってるんだよ。天ぷらにしたって、かき揚げだけじゃなくていか天とかえび天とか」
「なるほどね」
 生返事をしながらも喜三郎は煩悶していた。このままでは俺の発見はどうなるのだ。俺が発表の機会を失ったまま、誰かが先に井上靖と身の上話が似てることに気がついたらどうなるのだ。その時になって言ったって、二番煎じじゃないか。
「ほかにもね、ソーセージ天とかちくわ天とか変わったのがあるんだ」
 喜三郎は意を決した。
「ねえ」
「ん?」
「唐突だけどさ」
「ん」
「井上靖と身の上話って似てると思わない」
 一瞬の沈黙のあと、弥三郎が答えた。
「それ言ったら井上ひさしだって同じじゃん」

     [完]




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