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大型発見小説
井上靖
佐野祭

 松本喜三郎はある晩風呂に入っていて発見した。
「井上靖と身の上話は似ている」
 試みに風呂場の曇った鏡に指で書き付けてみた。
『いのうえやすし
 みのうえばなし』
 確かに似ている。
「そうか井上靖と身の上話は似ているのか」
 別にだからといってどうということはない。だが、こういう発見をすると、なにかすごく得をした気分になるのだ。
 翌朝会社に出る。
「おはよう」
 同僚たちがいつものように朝の挨拶をかわす。同じように答える喜三郎だったが、胸の中にはおかしさがこみ上げていた。こいつらはまだ井上靖と身の上話が似ていることに気がついていないのだ。
 そう思うと、妙に教えたくてたまらなくなった。なにしろ、第一発見者は自分なのだ。喜三郎は席を並べる同僚の杉野森弥三郎の横顔を見た。もしいきなり
「ねえ、井上靖と身の上話って似てると思わない」
と話しかけたらどうなるだろう。
「何を突然言い出すんだお前は」
 思いっきり馬鹿にされるに決まっている。発表にもタイミングというものがある。喜三郎は機が熟すのを待った。
 そのうちに弥三郎の方から話しかけてきた。
「ねえ、辞書持ってる」
「ああ」
 そのとき喜三郎の脳裏にはっとひらめくものがあった。
 辞書→漢字→中国→敦煌→井上靖。
 喜三郎はさりげなく聞いた。
「なーに、漢字がわからんの」
「うん、ちょっとね」
「でもさー、俺たちがこれだけ漢字で苦労してんだから、中国人なんてもっと大変だと思わない」
「だよな、ぜーんぶ漢字で書かなきゃならないもんな」
「そういやさ、中国を舞台にした映画あったじゃん」
「ああ、ラストエンペラー」
「じゃなくてほら、敦煌」
「ああ、斉藤由貴のでてるやつだろ。でも斉藤由貴って今一映画だとパッとしないよな。俺どっちかというと沢口靖子の方がいい。でもさー、沢口靖子もゴジラに出てたときは……もちろんリメイク版の方だよ……ほんと単なるいもねーちゃんって感じだろ」
 はて敦煌に斉藤由貴が出てただろうか。
「ゴジラも昔の奴の方が絶対迫力あったんだよな。レンタルビデオでときどき借りるんだけどさ。でも最近そういう昔の映画のビデオよりもなんか、音楽ビデオの方が多いんだよなー店に」
 そうか。こいつ、優駿と勘違いしてるんだ。
「ミュージックビデオ見るんだったらさ、CD聞くほうがいいってタイプだからね、俺は」
 しまった。敦煌から話が離れてしまった。
「そういえばさ、スティービー・ワンダーの次のCDが出るみたいよ」
 そのとき喜三郎の脳裏にはっとひらめくものがあった。
 スティービー・ワンダー→盲目→鑑真和尚→天平の甍→井上靖。

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