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訳者まえがき
「人間とは笑う動物である」といわれている。ユーモアは人間だけに許された知的財産なのだ。
ホメラニアのユーモア作家キサブロー・マツモトビッチの名は日本でも早くから知られていたが、その作品はなかなか紹介されなかった。この度三本松出版のご尽力もあって、マツモトビッチの初の邦訳をお届けできることは訳者冥利にたえない。
マツモトビッチの面白さは世界が認めるところである。翻訳の最中も私は幾度となく笑いころげて作業を中断しなければならなかった。
ぜひ、日本の方々にもこの面白さの仲間に加わっていただきたい。
なお、読者の便宜のため適宜訳注をつけた。
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大型翻訳小説
居酒屋と役人
キサブロー・マツモトビッチ
「テコーナ、ヘルモン*1のミルク割り」
ヤサブロー・スギノモリコフはいつものように居酒屋「青海亭*2」で注文する。
この店のおかみテコーナは慣れた手付きでグラスを差し出して言った。
「ねえ、ヤサブロー、今度ね、中央釘抜き官*3がここに来るのよ」
「……それって、中央視察官じゃないのか」
「どっちだっていいのよ。それでね、何か歓迎の催しをやらなきゃならないの。ほら、よくいうでしょ、『倒れたわらじは起こしても縫え』*4って」
「まあ、そうだな」
「で、あなたに頼みたいのよ。ほら、あなた民謡が得意でしょ。こないだもパーティーで、『ハリオ川行進曲』歌ったじゃない」
「ばか」ヤサブローは飛び上がった。「役人の前で、『ハリオ川行進曲』なんか歌えるか*5」
「じゃあ、『福の神*6』でもいいわよ」
「そんな、エントラハイム*7じゃあるまいし……そうだ、いい歌がある。『向こうの山から陽が昇り』というのだ。これはいけるぜ」
さてそんなこんなで当日になった。
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*1
ヘルモンはホメラニア独特の蒸留酒。
通常水割りかジンで割って飲用する。ミルクで割ることは滅多にない。
*2
原文はDeroiset。有名なデパート、Deboizetをもじったもの。
*3
釘抜きはホメラニア語でestarsen。視察はeldersenで、音が似ている。
*4
ホメラニアの諺、「倒れた麦は起こしても踏め」のもじり。
念には念をいれよ、の意。
*5
ハリオ川行進曲に、「おいらが畑でこぼした麦をお役人様拾って食った」という一節がある。
*6
ホメラニア国歌。
*7
エントラハイム(1781-1852)はホメラニア内戦のとき、体勢が国王軍側に有利と見るや国王に媚びてとりいったことで知られる。
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