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大型自我小説
慣習
佐野祭

「あなたの尻の拭き方は間違っている」
 突然声が聞こえたような気がして喜三郎は凍り付いた。
 いや、それは単なる気のせいだった。ここは自分の家のトイレ。声などするわけがない。(別に、働き過ぎでもないのにな)喜三郎は苦笑いした。
 特に深い考えもなく水を流そうとした喜三郎。だが、さっきの言葉は妙にひっかかった。
(間違っている……ねえ)
 喜三郎は新しいトイレットペーパーをたぐり、もう一度自分の自分の拭き方をシミュレーションした。まず、四つに折り畳み、右手でもって腰の後ろ側を回し、臀部の谷間を中心線に沿うように下から上へ拭う。
 紙を手に持ったまま拭き具合を眺めていたが、ふと何気なく新しいトイレットペーパーを引き出して折り畳んだ。紙を持った右手を腰の後ろ側へ回し、今度は上から下へ押さえるようにして拭いた。
(やっぱ変だ。こんなの普通の拭き方じゃない)喜三郎は紙を流そうとした。
(そうだよな。普通のやつは……)急に喜三郎はその考えに自信がなくなった。普通、というが自分は他のやつが尻を拭くのを見たことがあるのか。
 喜三郎は新しい紙を出し、足を拡げ手を前から股の間に突っ込み拭った。(いくらなんでもこんなことはしないだろう)それで実験は終わりにするつもりだったが、紙を水に落とそうとしてふと思いついた。本当に紙はこうやって畳むものなのか。
 勢いよく紙をたぐり寄せると、くるくるっと縦長の巨大なこよりを作った。体の前後でこよりを持ち、鋸でも挽くかのように拭いてみる。(こんなもんは普通じゃない)紙をくしゃくしゃに丸め、尻の間に挟んで揉みほぐす。(拭いた気がせん)紙を便座いっぱいに拡げ、思い切りなすりつける……。

……三日後、喜三郎はトイレをウォシュレットに変えた。

     [完]




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