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「ここ?ここはえーと、神田だな」
「なんで?」
「なんでって……んー、東京駅の隣だから」
「なんで東京駅の隣なの?」
「だって……東京駅は神田の隣で……だから……」
「なんで?」
「……百三十六、百三十七、百三十八、百三十九、百四十……もうやめていい?」
「うわーん」
「ああ、泣かなくていい、泣かなくていいよ、弥三郎数えろっ」
「百四十一、百四十二、百四十三、……」
 太郎はにこにこしながら弥三郎が数えているのを見ている。喜三郎はほっと胸をなで下ろした。と、思う間もなく太郎が話しかけてきた。
「ねえおじちゃん、ぼくねえ、ダンダンビラ乗ったんだよ。そしたらねえ、ダンダンビラがねえ、ビューンと走ってねえ、こーんなに高く上がったんだよ」
「そう、ふうーん、よかったねえ……ダンダンビラってなんなんだろ」
「そんでね、ケーキ食べて、おうちの中にかぶと虫がいたんだよ」
「そう」
「ケンちゃんがねえ、おーっきなボール持っててねえ、それにみんなで乗ったんだ」
「ふんふん」
「千二百五十六、千二百五十七、千二百五十八、千二百五十九、…………ケンちゃんって誰よ」
「うわーん」
「弥三郎数えろっ」
「千二百六十、千二百六十一、千二百六十二、……」
「ミカちゃんのスカートにねえ、こーんな大きなパンダがついてるんだよ」
「そう……これさっきの話の続きなのかな」
「あ、みてみてみて」
「えっ」
「赤い電車」
「あ。ああ、赤い電車だねえ」
「ねえ、これ赤い電車?」
「ううん、これ、青い電車だよ」
「なんで?」
「ああ……また……あのね、ケンちゃん家の、じゃねえよ、太郎ちゃん家のそばには青い電車しか走ってないでしょ?」
「やだもん。赤いのじゃなきゃやだもん。赤がいいの」
「だって太郎ちゃん、しょうがないじゃん」
「赤がいいの赤がいいの赤がいいの赤がいいの赤がいいの」
「でもね、」
「赤じゃなきゃやだやだやだやだやだ」
「きみきみ」
 喜三郎が振り返ると初老の紳士がしかめ面をして立っている。
「電車の中というのは公共の場なんだから、な」
「は」
「ちゃんと子供を叱るべきときには叱って、静かにさせないと駄目じゃないか」
 喜三郎の張りつめていた糸がぷつんときれた。
「やかましいすっこんでろじじい、高々一時間くらいガキがうるせえからってえらそうな口たたくんじゃねえ、いいかてめえ俺なんかなあ、今日一日ずっとこのガキとつきあわなきゃなんねえんだっ」
「三千五百八十二、三千五百八十三、三千五百八十四、三千五百八十五、……ふう……」
「うわーん」
「弥三郎数えろおっ」
「三千五百八十六、三千五百八十七、三千五百八十八、……」

 夕日の中をとぼとぼと歩く二人の男。回りを元気よく飛び跳ねる子供。
 アパートの前に立っている母親の姿を見つけると、子供は勢いよく駆けていって抱きついた。
「おかえりなさい」
「ママー」
「松本さん、杉野森さん、今日はほんとにどうもありがとうございました。大変だったでしょ」
「いえ。どうってことないっすよ」
「さ、太郎ちゃん、帰りましょ」
「やだ。ぼくもっとおじちゃんと遊ぶんだもーん、遊ぶんだもーん、遊ぶんだもーん」
 その瞬間手児奈の手がささっと空中を三往復して、ビシビシッと鋭い音が太郎のほっぺたから鳴り響いた。
「本当にどうもありがとうございました。では、失礼します」
 太郎の手を引きずって去って行く手児奈の後ろ姿を、喜三郎と弥三郎は呆然と見送っていた。

     [完]




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