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大型改革小説
困惑と懇望の混在
佐野祭

(……いい加減にすればいいのに)文部官僚杉野森弥三郎は大きくため息をついた。
 ここ文部省の一室では、「日本語の乱れをどうするか」というテーマで国語審議会が学識経験者多数を招いて開かれている。
(いつまで話したって一緒じゃねえか)弥三郎は壁の時計を見上げた。(どうせ結論は出ませんでした、だろ)
「結論が出たぞ」事務次官松本喜三郎が突然飛び出してきた。「コンが悪いんだ。杉野森君。さっそく官報で公布しろ。なにをもたもたしている」
 弥三郎はとりあえず頭の中を整理しようとしたが、何も整理すべき物が無いことに気づき、改めて尋ねた。
「で、どのように決まったのでしょうか」
「なんだと。君は私の話を聞いてなかったのかね」
 爆発しそうになるのを抑えるとき弥三郎はいつも眉間を指でつまむことにしている。
「重要な話ですのでやはり順を追って」
「そうか。日本語の乱れの大きな原因に外来語があるな」
「はい」
「それともうひとつ、略語の問題もあるな」
「その通りです」
「つまり、コンが悪いわけだ」
 弥三郎はこの男自身よりもこの男を事務次官にしたトップに腹がたった。もっとも、喜三郎が事務次官になったのは前の事務次官とその下とその下とその下とその下とその下が汚職で逮捕されたからだが。
「その、『コン』というのは何なんですか」
「いろいろあるだろ。パソコンとか生コンとか」
「は」
「ほかにもほら、バリコンとかブラコンとか合コンとか」
「はあ」
「これらのコンがみんな違うんだぞ。ええと、なんだっけ、パーソナル・コンピュータ、生・コンクリート、バリアブル・コンデンサ、ブラザー・コンプレックス、合同コンパ、より正確には合同コンパニーだ」
「お言葉ですが、ブラコンは確かにブラザー・コンプレックスの意味でも使いますがそれはマザー・コンプレックスからの派生で、むしろブラック・コンテンポラリーの略ではないかと」
「やかましい。ことほど左様にややこしいのだ」
「つまり、このコンが日本語を乱しているというわけで?」
「その通り。そのたびに『このコンは何の略だったかな』と考えねばならんではないか。これを廃止すればよろしい」
「しかし、それは無理なのでは。英語にはCOMまたはCONで始まる単語は腐るほどありますから」
「だからといってみんなコンにするからいかんのだ。略語を作るのに一字目と二字目をもってこなきゃならんということはない。現にパソコンのパソは『パ』ー『ソ』ナルだ」
「と、いうことは」
「パソコンじゃなくてパソコピュだ」
「んな無茶な」
「パソにできてコピュにできないなんてことがあるか」
「では生コンは」
「生コクに決っておろうが」
「するとバリコン、ブラコン、合コンはバリコデ、ブラコテ、合コパですか」
「違いが分かりやすくなってよろしい」
 弥三郎は考えた。この表現、耳慣れないことは確かだか、言われてみればそれなりの合理性がある。この男、まんざら馬鹿でもないらしい。
「わかりました。さっそく官報に掲載するようとりはからいます」
 部屋を出ようとする弥三郎を喜三郎が呼び止めた。
「あ、すまんが、ついでにエアコディをつけてってくれ」
「エアコディ?エアコディ……」
「ずっと会議してたせいか暑くてかなわん」
「暑い……ああ、エアコディですね、いまつけますから……おかしいな」
「どうした?動かないのか?」
「ええ、どうもリ……リモコトの調子が悪くて」
「リモコト?なんじゃそりゃ」
「だからリモコトですよ、ほら」
 この国語改革案は二人が舌を噛みきったため日の目を見ることなく終わったという。

     [完]




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