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大型官僚小説
絵に描いた餅を食べながら
佐野祭

(これが厚生省か……)
 松本喜三郎はオフィスの中を見渡した。広いフロアの通路に置かれた打合せ机。フロアの中には大勢の役人。そのうちの一人が喜三郎の方へ歩いてきた。
「はじめまして。食品管理局の杉野森ともうします」
「あ、どうも、松本です」
 喜三郎は丁寧に頭を下げる。
「あ、それで、今日は是非お願いしたいことがあってやってまいりましたが」
「はい」
「あの、私真空パックの餅を作る工場を経営しているのですが」
「はい」
「あの……先日、法律で餅を売ってはならないことに決まりましたよね」
「はい、餅の販売は禁止です」
「そんなわけで私の工場も行き詰まっております。で、……なんとか規制をゆるめていただく訳にはいかないでしょうか」
 杉野森の目が険しくなった。
「それはできません」
「はあ、でも……」
「いいですか。今年の三が日に都内で餅を喉に詰まらせたことによる死者が何人出たと思います」
「さあ……」
「七人です。七人」
「はあ」
「去年一年間で餅による犠牲者は銃の犠牲者を大幅に上回っています。なぜだかわかりますか」
「なぜって、……そりゃ餅を食べる人の方が銃を撃つ人よりもずっと」
「そこが問題なのです」杉野森はにじり寄った。「銃はそうたやすく手に入れることはできない、だが餅はどこのスーパーでも簡単に買えた。それが今ある事態を引き起こしたのです」
「そうですか」
「その証拠に、銃規制のないアメリカ、アメリカでは銃による死者の方が餅による死者より遥かに多い」
「はあ、……ん?」
「日本をアメリカのような銃社会にしてはですね」杉野森は机をたたいた。「絶対にならんのです」
「いや、それは賛成ですが……」
「そう。忘れてはならないのが餅による犠牲者は高齢の方が多いということです」
 杉野森は声を落とした。
「そりゃ、噛む力が弱ってるし……」
「若い者に都合がよければ高齢者はどうなっても構わないというんですか」
「いや、そんなことは」
「いつもそうやってひどい目に遭うのは弱い者です。社会的弱者が安心して暮らせないで真の福祉国家といえますか」
「い、いえません、でもね、餅食ったからって死ぬわけじゃ」
「確かに餅を食べたからといって必ずしも死ぬわけではありません、もちろん。しかし逆にね」
 杉野森は統計資料をめくった。
「餅を喉に詰まらせて死んだ人は必ず餅を食べた人です」
 喜三郎は思わず反論ができなかった。
「被害者の死亡診断書によれば、はっきりと『餅を喉に詰まらせたことによる窒息死』と書かれています。いいですか。これだけ因果関係がはっきりしているのですよ」
「そりゃ、餅を喉に詰まらせたんだから」
「たばこと肺ガンでもここまで因果関係は明白ではありません。いいですか、いままで因果関係がはっきりしないとかいって規制しなかったばっかりに被害者を拡げてしまった例はいくらでもあるんです。これだけ危険が明白な食品を規制しなかったらそれは我々厚生省の怠慢以外の何者でもないではないですか」
 いつの間にか喜三郎の上に覆い被さらんばかりの杉野森。
「わ、その、ごめんなさい、ごめんなさい」
「え?……ああ、すみません。すみませんつい興奮しちゃって……」
「いえ、」
「すみません……私この話になるとどうしても……私ね」
「はい」
「母が餅を喉に詰まらせて死んだんです」

 庁舎から地下鉄の駅への道を歩きながら喜三郎は考えた。
 仕方がない、なんとかうまく規制をかいくぐる方法を考えるか。そうだ原料に餅米以外のものを混ぜれば餅ではないってことで通るんじゃないかな。形も四角や丸ではいかんだろうなあ。六角形なら無駄がないぞ。名前は……そうね、ライスブロック。ん、キッコーライスの方がいいかな。そうか、餅米自体は規制されてないんだから餅米を売って、サービスで餅をつく、って形もとれるな。まあね、法の網さえすり抜けてしまえばなんとかなる。
「ふふ、なんか俺、死の商人みたいだな」
 スパイ映画で見た死の商人たちのポーズを気取りながら、喜三郎はつぶやいた。
「でも、俺、餅屋なんだけどなあ」

     [完]




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