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「はあ」喜三郎はその何もない空間を眺めていた。すると一瞬「10月23日〜26日 三本松ホール」という字が見えたような気がした。あわてて目をこする。そこには確かに空間しかない。自分の手を見る。手の中にチケットが一瞬見える。
「すごく面白い台本なんですよ。よろしかったらぜひ、来て下さい」
 喜三郎は手児奈の目を見た。その熱心そうな輝き、――しかしそれは別に狂信的な輝きではない。
(彼女が演じているのか、それとも――俺が演じているのか)
 ここは本当は部屋の中なのではないか。ここにはドアがあり、壁にはポスターが貼ってあるのではないのか。そして俺は――公園にいる演技をしているのではないのか。
「どうもありがとうございました。では、失礼します」
 手児奈はお辞儀して見えないドアを開けて帰っていった。
「あ、ちょっと待って」
 その時。急にあたりが暗くなり、スポットライトを浴びて一人の男がせり上ってきた。
「待てと申さるるは、あ、拙者のことかあ」
 お前は誰なんだと言おうとした喜三郎の口から出たのはこんな言葉だった。
「貴様。何奴」
「あ杉野森」柝がはいる。「弥三郎」
「待ってました」と大向こうから声がかかる。
「こちらにおなごが逃げてきたはず、お主いったいどこへかくまった」
「何おなご。そんなおなごは、あ見たことないぃわいぃなあ」
 喜三郎は思いだそうとしていた。こんなときにぴったりの言葉があったはずだ。すべての演技を終わらせる、あの言葉が。そう、あれは……
「いい加減にしなさい」喜三郎は弥三郎をどつく。そして二人で、
「失礼しました」
とお辞儀をして舞台を下りていった。

     [完]




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