PAGE 2/2
 初めは寝てればいいんだからこりゃ楽だと思ったが、実際にやってみるといつ落ちるかと心配でおちおち寝られない。それに
「おい見ろよ、眠り猫だ」
「Oh,beautiful」
「有名的眠猫。美麗優雅」
などと下で騒がれるものだから、寝るときによだれたらしてないだろうか、いびきかいていないだろうかと気が気ではない。さらに日光の冬は寒い。
「眠り猫ですから、夜は抜け出していいですよ」
と言われているので、夜になると降りていってストーブにかじりつく。
 そんな生活も、一か月二ヶ月と繰り返しているうちにだいぶ慣れてきた。そうするともともと寝るのは大好きな喜三郎である。平気な顔で眠れるようになった。
 ある日弥三郎が給料袋をもってやってきた。
「どうも松本さん、毎日ご苦労さまです。どうですか仕事の方は」
「ええ、初めは人に見られていると緊張しましたけどね。なんか最近はそれが快感になっちゃって。スターの気分ってやつですかね」
「そりゃよかった」
「こんな充実したアルバイトなんて初めてですよ。前の人はどうしてやめちゃったんですか」
「『もっと人間らしい仕事がしたい』といって」
「まあ、その気持ちもわからないではないですけどね。人によってはそう思うかも知れませんね」
「ところで松本さん、確か三年生でしたね」
「ええ」
「就職の方はどうなさるおつもりですか」
「そうですね、まだ何にも考えていませんが」
「よろしかったら、うちでこのまま続けてもらえませんか」
「うーん、そうですね。実家に帰って相談してみます」
 喜三郎は三日間休みをとり、その間眠り猫には「修理中」の札がかかった。
「どうも忙しい中留守にしてすみませんでした」
「どうでした」
「おふくろに『眠り猫にするためにここまで育てたんじゃないよ』と、さんざん泣かれました」
「やっぱり」
「でも、親父が『お前のやりたいことなら堂々とやってこい』といってくれまして、おふくろも納得しました」
「そりゃよかった」
 弥三郎は喜三郎の手をしっかりと握りしめた。
「頑張ってくださいね。いま日本広しといえども眠り猫ができるのはあなただけなんですから」

     [完]




ぜひご意見ご感想をお寄せ下さい。(ここのボタンを押していただくだけでも結構です)
*.前頁
#.次の作品
0.Vol.2に戻る