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大型IT小説
日た2
佐野祭

 一応続編であるが、前の話を知らなくてもそんなにがっかりすることはない。ともあれ日米戦争はまだ続いている。
 ここ日本たばこ産業(略称日た、旧略称JT)では電脳講習が開かれていた。こないだまでIT講習と呼ばれていたのだが、敵国語禁止で名前が変わったのだ。ちなみに五年前まではOA講習と呼ばれていた。
「おはようございます」講師の女性の元気な声が響いた。
「皆さんと一緒に勉強することになりました梅田手児奈です。これから一週間よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」元気に松本部長が答えた。
「よろしくお願いします」普通に杉野森課長が答えた。
「では、これからの日程をご説明します。初日の今日は、『電網を使おう』です」
「でんもう?」
 手児奈は黒板に『電網』と書いた。
「世界中の計算機につながっている電網を使いこなすことで、知りたい情報をすばやく手に入れることができます。今日は、皆さんよくご存知の電網探検者を使います」
「ご存知って、知ってる?」松本部長が杉野森課長に聞いた。「やっぱねえ、いきなりだもんな。聞いたことがない言葉がすぐ出てくるからいやなんだよ。俺だってさ、二つ突っつくがやっとこないだできるようになったばかりなのに」
「部長、電網探検者ってあれですよあれ」杉野森課長が横から言った。「あの、ほら、よく掲示板とか、野球の速報とかやってるでしょう」
「ああ、あれ?」
「あれ」
「なんだあれか。あれならご存知だ」
「二日目は『手紙を書こう』です。見通し速達を使って、お互いに手紙のやりとりをします」
「見通し速達か。よく知らないな。私が使ったことがあるのは……」そこまで口にして松本部長はしばらく考え込んでいたが、突如すっとんきょうな声をあげた。
「えっ、もしかしてあれって見通し速達だったの」
「どうしました」
「てっきり外見急行だと思ってた」
「は」
「だって、アウトルッ……」
 周囲の目が白くなり、松本部長はあわてて言葉を飲み込んだ。
「直訳すれば外、見る、じゃないか」
「いえあれはね、もともと予定表用の見通しってのがあって、それの手紙専用版なんですよ」
「三日目は文書作成です。おなじみの言葉を使います」
「おお、言葉か。その言葉は聞いたことがあるぞ」
「言葉を使って、言葉を書く練習をします」
「すいません」杉野森課長が手をあげて質問した。「言葉は、どの言葉を使いますか」
「言葉2002を使います」
 これでなんで本人たち話が通じるかというと、しゃべったり書いたりする「言葉」と、ここで習おうとしている「言葉」は発音が違うのである。前者は「こ」が低く後者は「こ」が高いのだ。
「言葉2002ですか。うちの機械には2000しか入ってないんですが」
「まあ、どの言葉もだいたい同じですよ」
「一太郎使おうよ」松本部長がつぶやいた。
「四日目はお待ちかね表計算、まさるを使います」
「佐藤まさるがどうかしたのか」
「誰ですかそれは」
「総務部に三年ほどいたんだけどな。いま転勤で福岡に行ってる」
「んじゃなくて表計算のまさるですよ」
 今度は発音の違いなんてない。
「部長も印刷くらいしたことあるでしょう」
「そういえばそうだ。そうか、あいつがまさるだったのか」
「そして最終日の五日目は、その他のものを学習します。まず、発表用の力点」
「……なんだっけ、支点と力点とあと一個」
「作用点」
「それから、印刷用の出版社」
「そのまんまな」
「計画立案用の計画」
「それじゃあんまり……」
「さらに、家計管理用の金」
「カネ?」
「カネ」
 松本部長は頭を抱えたが、口をへの字に曲げて言った。
「まあ非常時だから仕方がないか」
「翻訳の問題じゃないですけどね。そもそもみんなアメリカ製だし」
「どうでもいいけど、この電脳講習、五日で終わるのか」
「電脳講習なんてそんなもんです」
「はあ」
 松本部長は深くためいきをついた。
「どうも電脳用語は、よくわかんないんだよなあ」
     [完]




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