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「ん、『春の海』ときたか」
「うーんと、『春の海』」
「んで」
「それから、『春の海』」
「なんでえちっとも進まねえじゃねえか。こんなもんはそんな深刻に悩むことはねえんだ。だからだよ……そうさな……うーん」
「『春の海』」
「むむむむ……んんんん……くおーっ」
「まあまあお二人とも、最初のうちはそんなお上手にできるわけないんですから、もっと気楽に思いつくままに作ってもらえればいいんですよ」
「なるほどねえ……てえっと、ちょちょいのちょいっと……へえ、できました」
「まあ、じゃあさっそく読んでみて下さい」
「はい。『うぐいすが』」
「なるほど『うぐいすが』」
「『なくよ松本喜三郎』」
「……は?」
「もう一つあるんです。『菜の花の色や松本喜三郎』」
「はあ」
「まだあるんです。『七草に浮かぶ松本喜三郎』」
「……喜三郎さん」
「はい」
「名前は五七五に入れなくていいんですよ」
「なんだ、道理で作りにくいと思った」
「『春の海』」
「ああびっくりした、まだやってたのか……先生、こんなもんでどうでしょ」
「どれどれ」
「『ふぐを食う』」
「うーん『ふぐを食う』ね。うん、それで」
「『ふぐを食うまたの逢瀬はいつの日か』」
「……なるほど、昔なじみとふぐを一緒に食べた、また今度こうして昔なじみが会えるのはいつの日になるだろうという句ですね」
「いえ、何十年ぶりにふぐを食って、次に食うのはいったいいつになるだろうと、こういう句です」
「……いや、そうなんじゃないかとは思ってましたが……」
「次があるんです。『かにを食う』」
「今度はかにですか」
「『かにを食う足のすみまで下げるまで』」
「は?」
「いえ、かにを食いに行って、かに足を隅々まで食い終わるまで下げられてたまるもんか、とそういう句です」
「はあ」
「『春の海』」
「ああ、弥三郎さん、できましたか」
「できました。『春の海行く杉野森弥三郎』」
「人の話を全然聞いてなかったでしょ。喜三郎さん、次のはできましたか」
「こんなのはどうでしょう。『えびを食う』」
「どうぞ」
「『えびを食う口に食わせて手に食わせ』」
「はあ」
「えびの殻をむいて手がべとべとになると、口で食ったほかに、なんか手でも食べた気になるなあ」
「いい加減に海産物から離れられませんか」
「じゃ、こんなのどうでしょう。『くぎを食う』」
「は……は?」
「『くぎを食う道理でみんな食わぬはず』」
「……だから……なんていうか……弥三郎さん、どう思います」
「季語が入ってねえ」
「いや、そういう問題じゃなくて……弥三郎さんはできましたか」
「できました。今度はばっちりです」
「まあ、聞かせて下さい」
「ちゃんと季語も入ってます」
「はいはい」
「『春の海半年たったら秋の海』」

     [完]




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