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大型バイオレンス小説
Rights
佐野祭

「ああここだここだ」
 古ぼけたビルの三階に「乾日新聞」の看板を見つけ、松本喜三郎は車を停めた。
「ほいじゃ杉さん、やろうか」
「おう」
 老カメラマン杉野森は「三本松テレビ」と書かれた携帯用のテレビカメラを喜三郎に向けた。
 喜三郎は眼鏡をはずした。
「ここが今回の暴力弾圧事件のあった乾日新聞社です。いま私が持っているのが事件の発端となった二十六日付の乾日新聞ですが、一面で大きく、県議会で野党議員を殴った梅田知事を批判しております」
 杉野森が新聞を大撮しにした。
「暴力の自由を踏みにじるこの行動に、各方面から批判の声が相次いでおります。では、さっそく問題の乾日新聞社を取材してみたいと思います」
 撮し続ける杉野森を従えて、喜三郎は狭い階段を三階まで昇り、「乾日新聞社」と書かれたドアをノックした。
「どなたですか」
 中からの返事を待たないで喜三郎はドアを開けた。
「三本松テレビですが」
 額に絆創膏を貼った男が出てきた。
「またですかあ」
「今回の暴力弾圧事件についてなんですが」
 言うが早いか喜三郎は男の左頬をぶん殴った。のけぞった男にすかさず左、右とパンチをぶちこむ。
 男が何か言おうとするところへ喜三郎のまわしげりが飛んだ。そして腹部に一発、二発。パンチの連発に男はよろけた。ここぞとばかりにとどめの一撃を加えようとしたが、男は喜三郎の胴にしっかりと組みついた。
 しまったと思うまもなく、喜三郎の体は宙を舞っていた。とっさに頭から落ちるのだけは防いだが、右肩を強打してしまった。男はすかさず喜三郎の右腕をとって締め上げる。喜三郎は残る左手で相手の頭を捕まえようとしたが、男はするりと体をかわす。徐々に右腕の感覚がなくなってゆく。振りほどこうとしても力が入らない。勢いづいた男が一気に締め上げようとしたとき。
 一瞬の隙ができた。喜三郎は相手のわき腹に拳を撃ち当てた。相手の締め上げる力がみるみる弱まり、喜三郎は右腕を強引に振りほどくと追い打ちの蹴りを入れた。なおも蹴り上げようとしたとき、二、三歩後ろに下がった男がタックルをかけてきた。
 しかし今度は喜三郎もあわてなかった。すぎやく男の背中に回ると、そのまま相手の腰を抱えて後ろに投げ飛ばした。
 大の字になった男の上に馬乗りになって喜三郎は顔面を殴り続けた。
「暴力の自由を犯すな。犯すな。犯すな」
 男が完全に白目を剥いたのを見て、喜三郎は立ち上がり、カメラに向かってしゃべり始めた。
「暴力の自由を言論で封鎖するということは、決してあってはならないことです。我々マスコミは、このような事件に対して、常に目を光らせる必要があると思います」
 杉野森がカメラのスイッチを切った。
「OK、いい絵が撮れたよ」
「いやあまいった。こいつ言論人のくせに結構強えんだもの。あ、ありがとうございます」杉野森の差し出すタオルで顔を拭いて喜三郎は眼鏡をかけた。「じゃ、行きますか」
 車に乗り込みエンジンをかけながら喜三郎がふと尋ねた。
「でも、……俺なんか戦後の生まれだけど、杉さんはそれこそ第三次大戦前の暴力弾圧の暗黒の時代からずっとカメラやってんですよねえ。……やっぱ昔に比べてずいぶん違うでしょ」
「別にぃ」

     [完]




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