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 言いながら喜三郎は迷っていた。見れば見るほど財布の中の百円玉たちは同じように見えたからである。
 しかし、ここまできたら理由もなしに一枚を選ぶわけにもいかない。
 喜三郎は言った。
「実は、今日という日は昭和63年に青函トンネルが開通した日なんだよ。君たち百円玉の中に、昭和63年発行の人はいるかな」
「はい」
 一枚の百円玉が元気よく返事をした。
「では、君だ」
 一枚でよかったと思いながら喜三郎はコインを取り上げた。
「短い間でしたがお世話になりました。みなさんもお元気で。またどこかで会うこともあるかもしれませんが、そのときはよろしくお願いします」
「はいはい」
 自動販売機にコインを入れると、コトンと音がして、110円の表示が出た。
「あれ?」
 釣り銭口を開けると、そこには五円玉が戻っていた。
「十円玉だと思ったら」
「私、五円玉ですぅ」
「早く言ってくれよ……しかし、まいったな」
 すでに十円玉はいない。ということはせっかく一枚を選び出したのに、また百円玉の中から一枚を選び出すことになる。それだけではない。どうせお釣りをもらうことになるので、今度は五十円玉にもチャンスがあるのだ。
「実は、今日は平成8年に長野新幹線がオープンした日でもあるんだよ。君たちの中に、平成8年発行の人はいるかな」
 ほんとは長野新幹線のオープンは平成9年で、日付も青函トンネルとは全然違うのだが、喜三郎にとってはどうでもいいことである。
「はい」
「はい」
「はい」
 百円玉二枚に加え、五十円玉まで返事をした。
 しまったと思ったが、喜三郎は気を取り直して言った。
「じゃあ、さっき言ったとおり次は五十円玉にチャンスをってことで、今度は君だ」
 つまみ上げられた五十円玉が挨拶した。
「どうもお世話になりました」
「はいはい」
 喜三郎は五十円玉を入れた。
 160という表示がつき、飲物のランプが一斉に点灯した。喜三郎はコーヒーのボタンを押した。
 チャリンチャリンと音がして、釣り銭口に十円玉が四枚落ちてきた。
「はじめまして。十円玉で、名をアレクサンドロス・ベッケンマイヤーと申します。これからお仲間に加えていただくことになりますが、どうぞよろしくお願いします」
「はじめまして。俺、Toshikiっす」
「はじめまして。高巖院義信と申します」
「鈴木修です」
 新参の十円玉たちを小銭入れに入れて、喜三郎は缶コーヒーを開けた。
(俺、コーヒー買いたかっただけなんだけどな)
 コーヒーは苦かった。喜三郎は小遣い帳を広げ、「コーヒー120円」と書き、出ていったコインたちの名を消し、新しく来た十円玉たちの名前を書き加えた。
     [完]




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