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大型スポーツ小説
腕を大きく挙げて背伸びの運動
佐野祭

「甲子園が呼んでいる。野球部にきたれ」
「サッカー部に入って国立を目指そう」
 グラウンドのあちこちから新入生を呼び止める先輩部員の声が聞こえる。三本松高校ではクラブ勧誘会が開かれていた。
「松本、お前もう決めてるんだろ」
 松本と呼ばれたのは新入生の松本喜三郎である。彼も級友と一緒にこのクラブ勧誘会に参加しているのだ。
「ああ」
 喜三郎の心は決まっている。体操部だ。
 中学最後の県大会で、怪我で出場できなかったのだ。それまではそんなに続けたいとは思っていなかった体操だが、出られなかったことで高校で続けようという思いは固まっていた。
「でもさ」級友は言った。「ここって、体操部ってあったっけ」
「体操部くらいあるだろ。ほら」喜三郎は「体操部」と書かれたパネルを指差し、そこに立っていた人物に声をかけた。
「入部したいんですが」

「あのときよく確かめていれば」腕を挙げながら喜三郎は言った。
「なんで? 体操部じゃん」顧問の梅田手児奈先生が答える。
「体操部は体操部でも、ここはラジオ体操部でしょうが」
「あらラジオ体操だって立派な体操よ」
「そう、あのときパネルの『体操部』の上に『ラジオ』と書いてあることにさえ気づいていれば」
「んなおしゃべりしながら練習するんじゃないの。深呼吸50本追加」
「そんな」
「もうすぐ県大会だってのに、このごろちょっとたるんでるよあんたたち」
「あんたたちって、俺しかいないでしょ」
「こう言わないと雰囲気でないのよ」
「だいたい入ったときは三年生の先輩がいたのに、どうしてやめちゃったんですか」
「いい」手児奈は喜三郎の前に立ち、一緒に体操を始めた。「この三本松高校ラジオ体操部は初代校長が設立した、県内でも有数の伝統ある部なの。初代校長は当時の学生たちの体力の低下を嘆いて、健康増進のために器具なしでも手軽に始められる」
「その話三十回くらい聞きました」
「とにかく全国大会優勝六回、一時は部員が一学年につき五十人いたという伝統ある部なの。OBの中にはラジオ放送の指導者になった人もいるわ。その伝統を絶やしてはならないのよ」
「で」
「だから、あんたが入らないと先輩やめられないでしょ」
「なんですかそれ」
「さあ、気合い入れて。県大会まであと一カ月よ」

 どうも杉野森です。ああいよいよ県大会初日だね。まあなんだね、私がラジオ体操の審判の資格をとったのが、三十年くらい前になるかなあ。それからずっと毎年ね、やってますよ県大会の審判。昔三本松が強かった頃の体操なんか、そりゃ見事だったからね。腕の張りからして違ってたもんな。あのね、ラジオ体操の審判と言うのもこれが結構難しいんですよ。腕を伸ばそう伸ばそうとして筋肉を不自然な使い方をしているとね、美しい伸びにならないし第一筋を痛めて危険だからね。筋肉ってのはね、実は伸ばす機能はないんですよ。縮む一方。反対側の筋肉を縮めることで伸ばしているわけ。だから伸ばすときはその部分だけ意識しても、きれいな伸びにならないわけ。体全体を意識しないと。
 まあこうやっていろんな生徒の体操を見ているとね、やっぱ個性がありますよ。リズム感のいいやつ悪いやついるしね。え? ラジオ体操の審判やってて、面白いかって? そりゃああんた、面白えわけねえだろこんなのあんた。

「22番、松本喜三郎くん。三本松高校」
 軽やかな前奏が響く。いよいよ喜三郎の県大会の演技が始まる。

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