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大型電化小説
扇風機が首を振る
佐野祭

 扇風機というものが世に出回りだしたころの話である。
「いや、暑いねえ。暑いねえ」
 扇子でぱたぱたとあおぎながら松本喜三郎が入ってきた。
「あ、これはこれは先生、どうぞ狭苦しいところですが」
 杉野森弥三郎が座布団をとりだす。
「じゃまするよ」帽子をかける喜三郎。弥三郎は饅頭とお茶を差し出した。
「はっ」手児奈が扇風機を喜三郎に向ける。
「おお、扇風機か。いいねえこれは、涼しいねえ」
「そう、実は先生にご相談したいことというのはそれなんです」
「それってこれかい」喜三郎が扇風機を指差した。
「ほっ」手児奈が扇風機を弥三郎に向ける。
「はい。いま私が研究してますのは『みんなが涼しい扇風機』という奴でして」
「ほう」
「今の扇風機は、前にしか風が吹きません。特定の場所にしか風があたらないんです。これでは一家で使うには不向きです」
「なるほど」
「よっ」手児奈が扇風機を喜三郎に向ける。
「そこでいろいろ考えたんですが」弥三郎は頭をかいた。「で、試作機一号機がこれなんですがね」
 弥三郎は部屋の片隅にある機械を引きずり出した。
 足だけ見ると普通の扇風機と同じだが、網の部分がやけに横に広い。見ると真ん中の他にも右と左にそれぞれ羽根がついている。
「なんだか阿修羅像みたいだねえ」
「どうも頭でっかちで安定しないのですが」
「とっ」手児奈が扇風機を弥三郎に向ける。
「まあ、とりあえず、動かしてごらん」
「はい」弥三郎がスイッチを入れた。
 三方の羽根が回った。それぞれの角度に風が吹き始める。
「ふーむ。なかなかいいじゃないか、これ」喜三郎の頭髪を風が揺らす。
「ありがとうございます。しかし」弥三郎の襟を風が揺らす。
「どうしても家庭で使うには値段が高くなってしまうのと、あと……」
「むっ」手児奈が扇風機を喜三郎に向ける。
「羽根の位置をきっちりと調整しておかないと、どうしても羽根同士がぶつかって」
 べりべりべりべりというとんでもない音がして、試作機はがたんごとんと揺れ始めた。
べりべりという音はその周期を上げてゆき、やがてかんかんかんという甲高い音が響き、最後にぷすっと音がして動かなくなった。
「これではいかんな」喜三郎が言った。
「はい」弥三郎がうなずいた。「どうしても羽根が何組もあるとからまってうまくいかんのです」
「でも、羽根が一組では一人しか涼しくなるまい」喜三郎は饅頭をほおばった。
「そう、そこで私は考えたんです。一組の羽根でみんなが涼しい工夫を。それが」
 弥三郎は身を乗り出した。
「回る扇風機です」
「やっ」手児奈が扇風機を弥三郎に向ける。
 喜三郎は困ったような顔をした。
 弥三郎は頭を下げた。
「すみません、私の言葉が足りませんでした。つまり扇風機の羽根の回転のほかに、扇風機も回してしまおうと」
「おんなじじゃないか」
「いえ、すみません、扇風機の軸も回してしまおうというものです。これが試作機二号なんですが」
 弥三郎は押し入れから扇風機を引っ張り出した。一見普通の扇風機である。
「まあ、まずはごらんください」
 弥三郎はスイッチを入れた。

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