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 ヤサブローは返答に詰まった。
 そこでなんで返答に詰まるかなと思った人は、現代の感覚に毒されている。この時代、まだ、時計がないのだ。
「我々もその問題に直面したのだよ。そこで編み出されたのが、この方法だ」
 ヤサブローはしばらくポカンとしていたがおずおずと切り出した。
「というと、歌の長さで、時を計るわけで……」
「その通り。さすがは王立天文台の新入社員だ」所長はにこにこと笑った。「テコナくん説明してやってくれたまえ」
「はい。まず、三人一組になって歌って踊るの」

   何を食べて生きてるの 夜はどこで寝るの
   ワニのこと何も 知らない私

   ナイルで生まれたから ナイルで生まれたから
   ナイルで生まれたから ワニは思いきり口を開く

「ずっと続けているとどうしてもテンポが遅くなるから、百番まで歌ったところで一人ずつ交代するの。三人いっぺんに代わるとテンポが代わってしまうから、まず百番の時点で一人」
 床になにやら記録していた男が言った。
「レフトチェンジ」
 そばに控えていた研究生が立ち上がり、左側の男と交代して踊り始めた。
「こうやって前のテンポを持続したまま、百五番の時点でもう一人交代」
 記録係が言った。
「ライトチェンジ」
 別の控えが立ち上がり、右側の男と交代した。
「そして、百十番の時点で最後の一人が交代」
 記録係が言った。
「センターチェンジ」
 別の控えが立ち上がり、真ん中の男と交代した。

   ぐちゃぐちゃな川底 かんかんな日差し
   どろどろの藻 それも悪くはない
   いつか太陽を飲み込んで いつかナイルを飲み干して
   だってワニが西向きゃ 尾も西だから

 交代した男たちは汗を拭いている。記録係が言った。
「ネクストスタンバイ」
 歌い踊る三人の男たちの後ろに別の三人が座る。
「記録係交代します」
「現在まで四百二十回です」
「復唱します。現在まで四百二十回です。お疲れさまでした」
「よろしくお願いします」
 半ば呆然としているヤサブローにテコナが説明した。
「本番ではこれを五チームに別れてやって、一番回数が多いチームと回数が少ないチームの記録を捨てて真ん中三チームの平均をとります。もちろん五チームは相互の影響を受けないように、この天文台の東西南北と中央で別々に演技するの」
「さあ、じゃあその演舞台を案内しよう」
 所長はテコナに軽く礼を言うと、ヤサブローを連れてレッスン室を出た。
「おそらく春分は冬至と夏至の真ん中あたりにあるだろうと我々は考えているが、ちょうど真ん中かどうかは定かでない。そこで我々は、冬至と夏至の真ん中の日を挟んで三十五日間、この記録をとることにしている」
「大変なんですね」
 ヤサブローはしばらく歩きながら考えていた。
「僕まだ納得行かないんですけど、春分ってそうまでして見つけなきゃいけないものなんでしょうか」
「疑問を持つのはいいことだ」所長が言った。「我々もこの研究がすぐに何かの役に立つとか、そういうことを期待しているわけではない。だが、我々は季節の中で生活しているのだ。穀物は実る時期が決まっており、ナイルの氾濫は毎年同じ頃に起こる。この三六五という周期の中に隠されたそのリズムを見つけだすのが我々の役目だ。まずは知ることだ。それが役に立つかどうかを決めるのは」
 所長とヤサブローは演舞台の石段を登った。
「のちの人間だ。百年後かも知れないし、千年後かも知れない。さあ、ここが西の演舞台だ」
 演舞台に立つと、ピラミッドがその影を長く落としているのが見える。
「もう一つのチームではこの影を測っている。いま我々が仮定しているのは、その春分の日には太陽は真東から昇るのではないか、ということだ。その時の影はこの」
 所長はピラミッドを指した。
「真西にできるはずだ」
 冬の日が陰るのは早い。ヤサブローは夕日がピラミッドの向こうに沈んでゆくのを見つめていた。どこからか研究生たちの歌声が聞こえる。

   空に向かって口を開く 河に身を横たえる
   きっといつかは スフィンクス

   ナイルで生まれたから ナイルで生まれたから
   ナイルで生まれたから ワニは思いきり口を開く

 そして、今に至るも春分は何の役にも立ってない。
     [完]




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