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「高橋さん。まことにいいにくいのですが」弥三郎が振り返って言った。「あなたの受賞を取り消さなければなりません」
「えっ」高橋の顔がさっと青ざめた。「な、なぜですか」
「だってねー」
「名前がちゃんと書けないんじゃねー」
「な、なんとかなりませんか」
「そうはいってもねー」
「小説の中でいちいち、
 『その時【「高」の異体字でナベブタの下の口が上下に突き抜けていてなんかハシゴみたいな字】橋はつぶやいた』
 なんて書くわけにいかないじゃん」
「だって」高橋は泣きそうな顔になった。「僕は、ずっとこの名前を使ってきたんだし、いままでだってこの字で困ることなんか」
「気持ちは分かりますけどねー」
「JISにないんじゃねー」
「お願いします。お願いしますっ」高橋は土下座せんばかりに頭を下げた。「JISなんて、たかが十六ビットのコードじゃないですか」
「だけど、そのJISコードにないってことは、そもそもインターネットの世界では存在できないってことだよ」
「そうよ、 橋さん。あら、おかしくなってきちゃった」
「ほら、これがあなたの本当の姿なんですよ、 橋さん。だんだん存在に無理がかかってきた」
「うむ」喜三郎が言った。
「だから悪いことは言わないから、諦めたほうがいいですよ」
「いやです。お願いします。ここにいさせて下さい」
「じゃあ、あなたはここでアイデンティティーを保てるんですか。こんなことをやってても、あなたはある人には○橋かもしれないし、□橋かもしれないんですよ」
「そこまで自分を捨てきれるもんじゃないでしょ」
「そんなんじゃない。そんなんじゃないんです。僕は、ただ、僕は、存在を認めてもらいたいだけです」
「むり」喜三郎が言った。
 その時、 橋の存在が影もなく消えた。

 そんなわけで、大型小説はこれからも三人でやってゆくのであった。

     [完]




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