PAGE 2/2

「先生、どうも、この頃神経が疲れるのですが」
「ご職業は」
「大工です」
「なるほど。ちょっと手を見せてください……ひい、ふう、十本ですか。ちょっと多すぎますね」
「ええ、まあ、どうしても一度に釘を打ったりすることが多いもんで」
「これじゃあ無理がかかって当然ですよ。四本に減らしてください」
「四本?無茶でっさあ、そんなんじゃ仕事になりませんや」
「いいですか」友人は医師としてきっぱりと言った。
「あなただって元々は二本の腕でやっていたんでしょう。それを思えば、倍になっただけでも有り難いもんじゃありませんか」
「先生だって六本付けてるじゃありませんか」患者もぶつくさ言った。
「あなたみたいに一度ストレスがたまってしまったら六本だって無理です。いいですね、これ以上体をこわしたくなかったら四本にしなさい」
 弥三郎と友人の医師は病院の玄関を降りていった。
「患者さん多いんだね」弥三郎が言った。
「そ、ほとんどが腕の付けすぎから来るノイローゼやらなんやら」医師は弥三郎の顔をまじまじと見つめた。
「そういえばこの腕って、お前のところで作ってるんじゃなかったっけ」
「俺もこうなるとは思わなかったけどね」
「俺もそうだけどね。とにかく今もうてんてこ舞いで、猫の手も借りたいくらいだよ」
「手ならいっぱいあるじゃないか」
「もののたとえだよ。なに、手なんかいくら多くても、頭がひとつしかないんだからしょうがない」
「……」
「とはいうもののね。入院患者も結構増えたし、あれだけの数の患者の面倒を見るとなると、やっぱり手がいっぱいないとどうにもならないしね。現にうちの婦長だって十二本付けてるんだ」
 食事を終えて病院に戻ると、小さな女の子が廊下を駆けてきた。ここの病院の廊下は結構滑りやすい。その子もご他聞にもれず、つるんと転んでわんわん泣きだした。
「ほらほら、廊下で走っちゃ危ないんだよ」友人が助け起こした。なきべそ顔の四本の手には、しっかりと色とりどりの折鶴が握られている。
「千羽鶴だね」
「うん。ユミねー、お父さんのお見舞にいくの」
「気をつけてね。走っちゃだめだよ」
「走らないよお」
 いま泣いたカラスがもう笑った。ユミという少女は二、三歩あるきかけたが、まだ話し足りないことがあるのか、振り向いてほほえんだ。
「ユミねー、お父さんが元気になったら新しい手買ってもらうんだよ」
 バイバーイと手を振って、少女はあとはもう振り向きもせずに父の待つ病室へと歩いていった。
 バイバーイと手を振り返した友人は、その後ろ姿が見えなくなると不意に真顔に戻りぽつりとつぶやいた。
「あの子のお父さんも、手のつけすぎからくる神経症で入院してんだよな」
      (続く)
次回はいよいよ最終回

*.前頁
#.次章
0.戻る