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大型近未来小説「手」
第12回 病院には手がいる

 杉野森弥三郎は両第二手で頭を抱えていた。『千手観音くん』の使用状況を調べてみると万事が万事この調子である。販売者として頭の痛くなるのも当然だった。
 しかし、まだ仕事が残っている。今日はこれから病院での使用状況を調べなければならない。とりあえず母校の大学病院に行ってみることにした。
 大学の敷地の外れに、ひときわ大きな建物がある。医学部の付属病院である。大学時代はあまりここにお世話になることもなかったが、いまこうして訪れるとやはりなんとなく懐かしい。
 弥三郎はふと医学部の友人のことを思いだした。そういえばあいつも今、ここの病院で働いているはずだ。たしかあいつ、精神科にいったんだっけ。よし、ついでだからちょっと行って挨拶してくるか。
 病院特有の匂いがする廊下を通って行くとせまい待合室に患者が座りきれなくて廊下の隅にまで座っている。
(ははあ、ここは内科だな)そんなことを考えながら通り過ぎたが、行けども行けども精神科が見つからない。弥三郎は通りすがりの看護婦に尋ねた。
「すいません、精神科どこですか」
 看護婦は「精神科」の「科」の字も聞き終わらないうちにすかさず
「つきあたりを右に曲がって、まっすぐ行ったところを左です」
と答えた。
 しかしそれなら今来た道ではないか。おかしいなと思いつつ引き返すと、例の待合室に出た。変だなと思ってよく見ると、ちゃんと「精神科」と書いてある。
へえ精神科の待合室ってこんなに混んでるのか、こりゃ商売繁盛だななどと考えながら「診察室」と書かれたドアを開けた。
「次の方」という懐かしい声が聞こえる。弥三郎はにやっと笑った。
「おおい、俺だ、俺だ」
「なんだ杉野森」友人は驚いた顔をしている。「お前までノイローゼになったのか」
「えっ?いや別に、おかしくはないけどさ。たまたまこの病院に用があったもんだから、ついでに」
「なんだびっくりした。じゃあ、次の患者を見たら昼休みだから、飯でも食いに行こう」
「そうしよう」弥三郎はそこにあった丸椅子に腰を下ろした。
 一人の患者が入ってきた。
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