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大型近未来小説「手」
終章 やっぱり、千羽鶴には手がいる

  友人と別れて出口へと向かうと、急に聞き覚えのある声がした。
「おおい、杉野森。こんなところでなにしてる」
 振り向くとそこにいたのはまぎれもない、『千手観音くん』の発明者松本喜三郎ではないか。
「喜三郎。お前こそこんなところでなにしてる」
「俺か。俺は保守点検だ」
「お前の」
「ばか、機械のだよ。それにしても久しぶりだな」
「ああ、このところ市場調査で会社の外にいることが多かったからな」
「元気か」
「おう、頭の痛いことは多かったけどな。お前は……なんか変だな」
「変って」
「お前、手が二本しかないじゃないか」
「馬鹿なことを言うな。人間の手は二本と、昔っから決まっておる」
「でも、『千手観音くん』は」
「ああ、あれ。あれ、もういらない」
 自分で発明しておいてなんつう無責任なやつだと弥三郎は思った。
「例のやつを改良したからね、手は二本で足りるようになったんだ」
「なんだ例のやつって」
「お前に見せただろ。忘れたのか」
 そういえば昔なにか喜三郎に見せてもらったような気がする。
「なんだっけ」
「ほらあれだよ。スーパー・千羽鶴・マシーン」
「あーあーあ。そういえばそんなもんもあったな」
「我が青春の最高傑作、私の心の叫び、」
「お前まだあんなもんやってたのか」
「あんなもんとはひどい。仮りにも我が社の超ヒット商品にむかって」
「ちょうひっとしょうひいん?」
「なんだお前知らないのか。いまちょっとした千羽鶴ブームなんだぞ」
「全然知らなかった」
「会社に顔出さないからだよ」
「だけど、いったいなんであんなもんが売れたわけ」
「ま、ようやく俺の技術者としての理念が世の人々に理解されだしたってことだろうな。心に平安を、魂に感動を、……」
「理念はどうでもいいけどさ、いったいなんで急に」
「うん。それが俺にもよくわからないんだけどな」
 喜三郎はロビーのソファーに腰を下ろした。弥三郎も隣に座った。
「なんか最近、病院で入院患者が急増してるらしいんだよ。それでお見舞い用に千羽鶴を持ってくことが多くなったみたいなんだけどね」
「入院患者って……」
「内科外科はそうでもないんだけど精神科の伸びがすごいんだって」
 喜三郎はペッチャンコの煙草の箱をしばらく懸命にいじってたが、ようやく煙草を一本ほじくりだして火をつけた。
「でもさあ、なんで精神科の患者がそんなに増えたんだろうね。お前知ってる」
 弥三郎もポケットから煙草を取り出した。火をつけて深く吸い込み、ながながと白い煙をはきだした。そして
「いや、知らない」
と答え、また煙草の煙を思いっきり吸い込んだ。
     [完]

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