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 手児奈の家は駅からしばらく歩いた新興住宅地にあった。
「おじゃまするのに手ぶらでごめんね」
と私が言うと、手児奈は笑って答えた。
「そんなの変よ」
 言われて私も苦笑いした。そういう間柄ではなかった。
「あ、これ手児奈さんのパソコンだね」
「うん、といってもインターネットとメールしか使ってないんだけど」
 メールもインターネットの一部なんだけどな、と思いつつ私はマウスを軽く動かした。
 スクリーンセーバーがはずれて、壁紙が現れた。
 壁紙の中には、高校生と思われる女の子が数人写っていた。後列左端が彼女であることはすぐわかった。
 私がパソコンをいじっていると、手児奈が後ろから声をかけた。
「見られて困るものなんか入ってませんからねーだ。紅茶でいい?」
 ああと返事をして私は席についた。
「なんかまだ、頭の中で時報がなってる気がする」
 手児奈の入れてくれた紅茶を飲みながら私がそういうと、手児奈は答えた。
「大丈夫、ここではそういうのは聞こえないから」
 手児奈は砂糖を混ぜながら続けた。
「いつもここに一人でいるとね、時間がたつのがわからないんだ」
「不便じゃない」
「だって、一人のときは時間なんて必要ないじゃん」
 手児奈は紅茶からスプーンを取り出した。
「時間ってのは他の人と共通で同じものを使ってるから意味あるの。でしょ」
 そうかなあ、一人でも時間が必要なときはあるんじゃないかなあと私はあれこれ反例を考えていた。例えば、カップラーメンを作るときがそうである。と思ったが、ばかばかしくなって言葉にするのはやめた。
「それに、町に出ればいやでも時間はわかるもん」
「……いやなの?」
「仕方ないと思うけど」
 手児奈は紅茶を口にした。
「やっぱりときどきうっとうしくなる。時間がたってるのなんて、言われなくてもわかってるわよ」
 手児奈の目は私のほうを向いていた。
 が、手児奈が見ていたのは私ではなかった。
 もっと遠い何かだった。
 私は妙な居心地の悪さを感じていた。はるばるこんなところまでやってきたのは下心がなかったとはいわない。でも、どうもそういう気にはなれなかった。
 ベルの音に私は我に返った。
「電話鳴ってるよ」
「ああ……ちょっとごめんね」
 手児奈はコードレスの受話器を取り上げた。
「もしもし。あ、満里奈? 今ゆうちゃんちなのね。わかった。あなた今日ちゃんと先生にノート渡したの。ならいいけど。あんまり遅くならないようにね。うん。あ……そう。じゃ」
 手児奈は受話器を持ったままつぶやいた。
「いま四時三十五分、だって」
 私は腰を上げた。
「じゃあ、僕はそろそろ」
 手児奈はうなづいた。
「今日はありがとう」
 こちらこそ、と答えて私は立ち上がった。
 今そこにいる彼女と、パソコンの中の彼女と、二人の彼女が目に入る。
 そのパソコンには、時刻表示がない。

     [完]




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