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大型続企業小説
続三本松電機の続躍進
佐野祭

「なぜ初めに乗った人が、最後に降りなければならないのか。不公平だと思うんですよね」
 エレベーターの中で、三本松電機昇降機事業部開発第一部の松本喜三郎課長は言った。
「あ、それ。私も思ったことがあります」
 梅田手児奈は後ろを振り向いた。ドアがある。前を向いた。やっぱりドアがある。
「これからの時代はですね、やはり人が機械に合わせるのではなくて機械が人に合わせる時代なのがこれからの時代ですよ」
 週刊誌の取材に緊張しているのか、日本語が変になっている。いろんな人を取材しているとよくあることだ。手児奈は平然と質問を続けた。
「これはどういう仕掛けになってるんですか」
「ほら、最初に乗った人って奥に詰めなきゃならないでしょ。そこで」
 チンといって、エレベーターがくるるんと半回転した。
 ドアが開いて出てきた手児奈はすっかり感心した。彼女自身、エレベーターから降りられなくて遅刻した経験が何度もあるのだ。
「なるほど、これなら最初に降りられますね」
「そこが目のつけどころです」
「もう一度乗せてくれますか」
「どうぞどうぞ」
 下り始めたエレベーターの中で、手児奈は重ねて質問した。
「このエレベーターだとあれですね、乗ったあとに向きを変える必要もありませんね」
「そうなんです。まさに、親切設計なんです」
 チンといって、エレベーターがくるるんと半回転した。
 扉が開き、作業服を着た男が乗り込んだ。
「ところで、この話続編ということなんですが、失礼ですが私正編を読んだことがないんですが」
「おやそうですか。一応ここにあるんですけど、まあ人気投票で常に下位を低迷する小説ですからねえ」
 チンといって、エレベーターがくるるんと半回転した。
 背後でドアの開く気配を感じながら、二人の話は途切れた。
 手児奈は横目でちらと喜三郎を見た。
「……元に戻っちゃいましたね」
「いや、大丈夫です。こんなときのために『四半回転モード』があります」
 喜三郎はパネルを操作した。
「これで二回止まっても、ちゃんと前を向きます。もう一回上に行ってみましょうか」
 上り始めるエレベーター。
 チンといって、エレベーターがくるるんと四半回転した。
 扉が開いたが、ドアの向こうは壁だった。
 手児奈は横目でちらと喜三郎を見た。
「……降りられませんね」
「いや、大丈夫です。こんなときのために『一回転モード』があります」
 あわてず騒がず喜三郎はパネルを操作し、下の階のボタンを押した。
「まあ、やはり技術者というものはありとあらゆるケースを想定して設計しなければなりませんからね」
 チンといって、エレベーターがくるるんと一回転した。
 扉が開いたが、ドアの向こうはやっぱり壁だった。
 手児奈は横目でちらと喜三郎を見た。
「……このモードあんまり意味ありませんでしたね」
 喜三郎は別のパネルを操作して、下の階のボタンを押した。
 チンといって、エレベーターがくるるんと半回転した。
 扉が開いたが、ドアの向こうはやっぱり壁だった。
 また喜三郎は別のパネルを操作して、下の階のボタンを押した。
 チンといって、エレベーターがくるるんと四半回転した。
 扉が開いたが、ドアの向こうはやっぱり壁だった。
 喜三郎は何かじっと考えていたが、やがて手児奈に尋ねた。
「前はどっちでしたっけ」
 手児奈は泣き叫ばんばかりになった。
「そんな、困ります、降ろして下さい。やです、私、こんな、エレベーターの中に閉じこめられるのなんて」
「いや、一応逆回転モードもついてるんですけど」
「それがなんの役に立つんですか。早く、誰か呼んで、降ろして下さい」
「まあ、降りようと思えば」
 喜三郎は床板を一枚持ち上げると、
「大丈夫です、非常階段がついてますから」
 呆然とする手児奈に向かって喜三郎は優しく微笑んだ。
「常に万が一に備えるのが、技術者のつとめです」

     [完]




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