大型病院小説

あなご一丁

佐野祭


「しかし先生。あっしゃやっぱ先生みたいな商売にあこがれますけどね」
 閉店まぎわの三本松寿司。親父の喜三郎が医師の杉野森弥三郎に話しかけた。
「そうかねえ」
「やっぱ人の命を救うなんて、やりがいのある仕事じゃないすか」
「でもねえ、それがかえって負担になることもあるしね」
「そんなもんすかねえ。ま、あっしのような学のねえもんには無理っすけどね」
「私はむしろ君の方がうらやましいよ。ここにはいろんなお客さんがやってくるだろう。いいことがあった人とか、悲しいことがあった人とか」
「まあ、そうですね」
「そうやっていろんな人と話せるなんて、いいじゃないか。うちの客を見てみろ。病気持ちばっかりだ」
「ちげえねえ」
「どうだい、一回替わってみないか」
「え?あっしが医者やって、先生が寿司屋やるんですか?」
「そうだ。だいたい私たちの商売はよく似ている。白衣を着て、刃物を持って、」
「勘定が訳わからなくて」
「ははは、まあそうだ」
 計画は実行に移された。寿司屋になりすました医師の弥三郎は、わくわくしながらカウンターに立っていた。
「さあ、今日はお前の祝いだ……おう、おやっさん、まぐろたのまあ」
「へいお客さん、いいことあったんですか」
「いやね、この息子がね、大学受かったんだよ」
「ほんとですか。おめでとうございます、いやあ大学かあ、私も思いだしますねえ。大学入って何がいやだったって解剖ね。遺体の中を見るために肉をゆっくりとはぎ取ってね、これが赤くてねえ……はいまぐろどうぞ……あれ?お客さん、帰っちゃったんですか」
 一方その頃喜三郎は病院で医者になりすましていた。
「へい次の方お待ち」
「あの、風邪ひいたんですけど」
「へい風邪薬一丁、次の方」
「あの、胃がいたくて」
「へい胃薬一丁、次の方」
「あの、頭痛がするんですけど」
「へい頭痛薬一丁……なんだ、医者なんて楽なもんだな……次の方」
「あの、どうも調子が悪くて」
「へいどうも……え?困るなあはっきりしてくれなきゃ」
「そうなんですどうもはっきりしなくて」
「どうです気管支炎なんか」
「うーん、気管支炎ねえ……」
「尿結石もありますよ」
「そうねえ……」
「ま、お茶でも飲んで考えてください」
「あ、どうもすいません……」
 喜三郎が渡した湯呑には、こう書かれてあった。

瘻癇癈瘰癪癧癨癩
瘟瘢瘤瘁痍痊疚疝
疥疸癆疔瘍瘠瘡疼
瘉疽痙癌癬癰癲痰
瘧痣病瘴痒癡癢痳
瘋痼疣痂痺痲疱痞
痾痿疳痃疵癜症癘

[完]


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