大型家庭小説

君の笑顔がみたくって

佐野祭


 喜三郎がにやけるのも無理はない。だって、学生時代からのあこがれの君だった手児奈と先月結婚したばかりなんだから。
 今日も喜三郎は仕事もそこそこに、三本松のわが家へとかえってゆく。
「おかえりなさい」手児奈がにっこり笑った。
 喜三郎のにやけ方がますますひどくなる。いいなあ、この感触。やっぱこうでなくっちゃいけねえよ。喜三郎はゆるみっぱなしの顔で煙草に火をつける。
 と、それまでにこやかだった手児奈の顔が急に泣き顔になった。
「喜ーちゃん煙草やめるって、約束したじゃない」
「え?まあ、そうだけど、ほら、急にはなかなかさ、」
 手児奈は今にも泣きださんばかりになった。
「私と煙草とどっちが好きなの」
 喜三郎は黙って煙草をもみ消した。
 その翌日。喜三郎は今日もまっすぐわが家に帰る。昨日から禁煙しているので若干いらいらしてるが、手児奈の笑顔を見ているとそんなことも忘れてしまう。ほっとした喜三郎は冷蔵庫からビールを取り出した。
 と、それまでにこやかだった手児奈の顔が急に泣き顔になった。
「喜ーちゃんこの頃毎日じゃない。少し控えなきゃだめよ」
「え?でも、酒は百薬の長って言うし、」
 手児奈は今にも泣きださんばかりになった。
「私とお酒とどっちが好きなの」
 喜三郎は黙ってビールをしまった。
 その翌日。喜三郎は今日もまっすぐわが家に帰る。酒も煙草も無しなのでストレスが溜りそうになるが、手児奈の笑顔を見ているとそんなことも忘れてしまう。ほっとした喜三郎は手児奈に「ご飯にしてよ」といった。
 と、それまでにこやかだった手児奈の顔が急に泣き顔になった。
「ごめん。今日忙しかったし、ご飯の支度してないの」
「え?なんだよ、亭主が帰ってきたてのに飯も食わせねえのかよ」
 手児奈は今にも泣きださんばかりになった。
「私とご飯とどっちが好きなの」
 喜三郎は黙って食事をあきらめた。
 その翌日。喜三郎は今日もまっすぐわが家に帰る。昨日から飯ぬきなのでもうふらふらだ。喜三郎は帰ってくるなり言った。
「ねる」
 手児奈は今にも泣きださんばかりになった。
「私と布団とどっちが好きなの」
 荒行に耐えた喜三郎は七十二通りの変化の業を身につけ、鉄幹仙人と名乗ったという。今でも日本の各地に、喜三郎の残した奇跡の業が伝説として伝えられている。

[完]


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