大型記録小説

液晶の娘

佐野祭


 えー、三本松ホテルの中の喫茶店です。手児奈ちゃんは今日はきれいな晴れ着を着てきました。成人式に買ったやつですねえ。はい、ぐるっと一回回ってみて。はいきれいです。手児奈Vサインはやめなさい、晴れ着なんだから。
 はいお母さんです。昨日パーマ屋さんにいって一生懸命おめかししてきました。少しお母さんのほうが緊張しているみたいですねえ。
「なにやってんですかお父さん、ほら、お見えになりましたよ」
 おや、どうやらお見えになったようです。この方ですねえ。お相手の杉野森弥三郎さんです。お隣にいらっしゃるのはお仲人の松本喜三郎子さんですねえ。松本さんこんにちは。
「ご無沙汰しております」
「こちらこそご無沙汰してます、松本さん。このたびはほんといいお話を」
「いえいえ、ちょうど杉野森さんのお母さんからご相談があったもので、そういえばこちらの手児奈ちゃん、年格好と言いぴったりなんじゃないかと思って、ほんとこうして見てもよくお似合いだわあ。あ、改めまして。こちらが杉野森弥三郎さんです」
「はじめまして、杉野森です」
「こちらが梅田手児奈さん」
「はじめまして」
「とご両親です」
 はじめまして。あああ、テープが終わっちゃった。すみません、撮り直すんで今の挨拶のところもう一度お願いできますか。
「おやテープ切れですか、まあ私こういう最近の機械のことはとんとわからなくって、よく8時間ビデオが撮れるって宣伝してますけどねえ、8時間ともなるとやっぱり相当大きなテープを使うんでしょうね、え、あれはテープでなくて電池? その辺のことがよくわからないんですよ、その点梅田さんのお父さんは機械にお強いから」
 まあ、それほどでも。はい、交換終わりました。
「じゃあ、挨拶からでいいんですか。こちらが杉野森弥三郎さんです」
「……」
「杉野森さん」
「……私?」
「ご挨拶ですよ、やあねえ」
「……はじめまして、杉野森です」
「こちらが梅田手児奈さん」
「はじめまして」
「とご両親です」
 はじめまして。ああ、じゃあ母さんお飲み物を。
「そうですね、杉野森さん何を召し上がりますか」
「はあ、じゃあですね……」
 杉野森さんはメニューを見ています。どうやら悩んでいるようです。
「……コーヒーを」
 コーヒーです。杉野森さんはコーヒーを選びました。
「では、私も」
「じゃあ、私も」
 松本さんとお母さんもコーヒーのようです。さあ、手児奈ちゃんは何にするでしょう。
「コーヒー」
 だから手児奈Vサインはやめなさい。えー、コーヒー5つ。
「まあでも今日はほんとに晴れてよかったですね、いえね、昨日ほら、何見てたと思います、天気予報見てたんですよ、そしたらね、まあ降水確率が50%とか言ってるじゃないですが、まあこりゃてっきり今日はお天気はどうかなあと思ったんですけどね、まあ晴れてよかったですね、あら私ばっかりしゃべっちゃって、杉野森さん何かお聞きになりたいことは」
「……えっと……お父様はビデオがお好きなんですね」
「もうこの人ったらずっとこればっかり。だって手児奈が生まれるときにね、産室にビデオ持ち込んだくらいなんですから」
 あれはなかなか感動的な映像だったぞ。やはり生命の誕生というのはな。いやあ私もね、入学式やら卒業式やら手児奈の節目のときには必ずこうやって撮ってますから。はい手児奈こっちむいて。いやしかしあれだな、手児奈の高校入試のときはくやしかったな。
「発表のときが撮れなかったんですか」
 そうじゃないんですよ、手児奈が試験受けているところを記録しようと思ったんだけど高校の先生が中に入れて撮らせてくれないんですよ。だから手児奈Vサインはやめなさい。ああいうところほんと今の学校ってのは旧態依然と言うか、頭が堅いなあ。
「は……はあ」
 やはり私ね、ああいうのは文部省と日教組が悪いんじゃないかと思うんですよ。はい杉野森さんのアップでーす。なかなかの好男子ですねえ。しょうがないから大学入試のときは自分も受験して一緒に中に入りましたよ。だから大学入試のビデオはばっちりです。今度お見せしましょう。
「はあ……どうも」
 そう、今はやはりこの子の花嫁姿を撮るのが夢ですけどね。でもこの子、式は教会であげたいって言っていて、それで困ってるんですよ。お母さんほらそんなコーヒーばかり飲んでないでもうちょっと話を聞いてるってふうに。ほら、教会の式だと花嫁の父親が花嫁と一緒にバージンロードを歩かなくてはならないでしょう。ね? それで困ってる。横向きの画面しか撮れない。
「そう……ですね」
 あはは、だから私ね、考えてみれば手児奈の晴れ姿ってあんまり生で見たことないんですよ。運動会で一等賞とったときも絵画コンクールで表彰されたときもいつも液晶ディスプレイ越しでしたからね。当時はファインダーか。だから手児奈Vサインはやめなさい。
「じゃあ梅田さん、年寄り連中はこのくらいにして、後は若い人たちに任せて」
 あ、そうですね。じゃ、手児奈、カメラ渡しとくから、後は任せたぞ。使い方はわかるな。杉野森さんにも適当にとってもらえ。
 じゃあ、杉野森さん、今後ともよろしくお願いします。では、失礼します。
 松本さん、今日はどうもありがとうございました。いつもほんとお世話していただいて。いやあ親の私がいうのもなんですけど手児奈ってほんと気立てはいい子だし、器量だってまあ十人並みだし、なんでこう毎度見合いがまとまらないのかなって思いますけどね。やはり、縁ですかね。

[完]


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