大型デパート小説

春まで待てない

佐野祭


 冬が近づくと、どこのデパートも忙しくなる。
 松本喜三郎が勤める三本松デパートも例外ではない。
 今日も喜三郎が九階の仕入れ事務所に顔を出すと、部下の杉野森弥三郎が真っ青な顔をしてとんできた。
「大変です。穴凹商事のオヤジ、今年の仕入れがまだ終わってないのに冬眠に入っちゃいました」
 穴凹商事は三本松デパートの重要な商品仕入先の一つである。
「えっ、あそこからは冬眠セットが入ってくるはずじゃなかったのか」
「そうなんです。いま冬眠セットセール中だというのに、このままでは商品が足りません」
「あそこのナガスクジラみたいな顔した副社長いたろ。あいつつかまらんのか」
「社長と一緒に冬眠に入ったようです」
「これだからワンマン経営は困るんだよ。よしじゃあ心当たりをあたってみよう」
 喜三郎はさっそく電話をかけはじめた。
「いつもお世話になっております、三本松デパートの松本と申しますが。鈴木部長いらっしゃいますか。……冬眠に入られた。では、佐藤課長いらっしゃいますか。……やっぱり冬眠。営業は明日まで。そうですか。またよろしくお願いします」
 電話機のフックを押して別の番号にかけた。
「いつもお世話になっております、三本松デパートの松本と申しますが。……留守電だわ」
 喜三郎は杉野森の方を向いた。
「本年は冬眠に入りました、また春のお電話をお待ちしております、だとよ」
「どうも今年は冬眠の入りが全国的に例年より早いようですよ」
「しっかしこのままじゃ俺たちが冬ごもりできんわな。とにかくかたっぱしから電話して眠ってない仕入先を見つけろっ」
「はいっ」
 電話をかけまくる杉野森を横目に、いままでつきあいがなかったところで使えそうなところはないか喜三郎が探していると、
「どぉお?」
 という声がした。振り向くと梅田部長が立っていた。
「大変です、このままでは冬眠セットの仕入れができません」
 切れ者で知られる梅田部長は一つ大あくびをすると答えた。
「大丈夫よお、お客さんだってろくすっぽ入っちゃいないわよ」
「そんなあ。この皮下脂肪をためねばならないときに」
「まあ、企画部も冬眠状況を読み間違ったんでしょうね。私だってこんなに早く、ふ、ふわぁあ」
「部長、まだ寝ないでください」
「昨日今日で急に冬眠に入ったところ多いみたい。まあ、在庫抱えて冬眠に入るよりましよ。じゃあねえ」
 梅田部長は行ってしまった。
「冗談じゃない、こっちはまだぴんぴんしてるんだ」
 電話をかけていた杉野森がすっとんできた。
「一つなんとかなりそうなところが見つかりました。しかし、茶越百貨店との競合になります」
「よし、さっそく交渉に行こう。茶越にとられてたまるか。そうだ、部長にもきてもらおう」
 ところが八階の営業部に行ってみると、梅田部長の姿が見えない。
「あの、部長は」
「冬眠に入るといってさきほどお帰りになりました」
 事務の女性が答える。そういえば営業部もだいぶ人が少ないようだ。
「まったく部下が必死こいてるというのに勝手に冬眠に入りやがって。仕方ない、我々だけで行こう。おーい杉野森くん」
 九階の仕入れ事務所に戻ってみると、杉野森は丸くなって寝こけていた。
「こらっ、杉野森、いくら独身だからって会社で冬眠に入るなっ、こら、起きろ」
「ふにゃ」
 揺すっても叩いても杉野森は起きなかった。一度冬眠に入った人間はそう簡単に目覚めるものではない。
 とりあえず杉野森のメモを元にその取引してくれそうなところに電話をかけた。
「はじめまして、私三本松デパートの松本と申しますが」
「ぐぅ」
 電話をとって力つきたらしい。
 喜三郎はふと気になりフロアに降りてみた。
 客は誰もいなかった。それどころか、店員も誰もいなかった。どうやらみんな冬眠にはいったらしい。
「どたばたしたのはなんだったのよ」
 誰もいない相手に愚痴をこぼし、喜三郎はそれどころではないことに気がついた。まずい。このところ忙しかったから、まだ冬ごもりの準備を全然していない。このままでは自分が冬を越せない。
 まだ開いている店があるだろうかと、喜三郎は通りに飛び出した。もちろんデパートには冬眠セットはまだあるのだが、喜三郎には店の商品に手を付けるという発想はなかった。
 向かいのスーパーに飛び込もうとしたら既にドアが閉まっており、「新春は目が覚めたら営業します」という貼り紙がしてあった。
 ではと二十四時間営業のコンビニに行ってみると、準備中の札がかかっていた。
 このままだと春目が覚めたときに飢え死にしてしまう。開いている店を探して喜三郎は二時間さまよった。
 ようやく一軒だけ開いている雑貨屋を見つけたとき、喜三郎はほっとした。
「おやじ、缶詰でもなんでもいいからおくれ」
「あいよ」
 わしゃ年だから眠りが浅くてもいいもんねという顔をしたおやじから缶詰その他を受け取り、喜三郎は家に帰った。
 当初の売上目標をだいぶ下回っているので春になったらどうしようとは思ったが、もうどうにもならなかったし、既に眠くなっていた。
(まあいいや。春になったら春になったときだ)
 喜三郎は眠りについた。
 夢の中ではデパートに大勢お客が詰めかけていた。喜三郎も忙しく働いていた。なにやら歳暮だのクリスマスだの正月だのと騒いでいたが、それがなんのことだか喜三郎にはちっともわからなかった。

[完]


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