大型クリスマス小説

包(ほう)

佐野祭


「近ごろ不器用者が増えている」
 売り場主任の杉野森弥三郎はいうのだった。
「これからクリスマスだ。我が三本松百貨店にもプレゼントをお買い求めになるお客様が多数見えられる。いつもならまとめて袋にいれて終わりだが、今回は一つ一つを丁寧に包みリボンをかけねばならん。しかし去年の様子を見ていると包み方の遅くて汚い者が特に若い人の中に目だった。今年はそのようなことがあってはならない。そこでこれから包み方のテストを行い、不合格者にはしかるべき教育が待っている」
 そんなわけで梅田手児奈はいま「松本包み方教室」の前にたっている。
「いらっしゃあい」
 不意に戸があいて中から和服を着た中年男がでてきた。
「あなたがウメダテコナさんね。主任さんからお話うかがいました。なんですってあなたが包むと包みの大きさが二倍になるんですって。大丈夫、私のところにくる人みんな最初はそうだったの。でも皆さん上手に包めるようになってお帰りになるのよ」
 手児奈がおろおろしていると、男は扇子で口元を隠してくすっと笑った。
「あら、ごめんなさい。名乗るのが遅れまして。わたし、こういうものです」
 男が差し出した名刺には
「松本流包道家元 松本喜三郎」
と書かれてあった。
 手児奈は訳もわからず六畳の一室に通された。
「さ、基本は箱からよ」
 手児奈の前には四角い箱と包み紙が置かれた。
「包んでご覧なさい」
 手児奈がどうにかこうにか包み終わると、喜三郎は箱を手にとって「うーむ」と一声うなった。
「あなたの場合包み始めの位置が問題なのよね。ほら、この箱の縦がこれだけ高さがこれだけだからこの辺から包み始めると余分が出ないなってのはわかるでしょ。それと折り目の付け方。いい、箱で一番大事なのはかどの折り方よ。ここがきれいに箱なりになればいいけど、はみ出したり飛び出したりしたらダメ。それからセロテープは必要最小限に。包みってのは包みっぱなしじゃなくて必ず開けるものなのよ。わかったらもう一度」
 包んでは開け、包んでは開け。その日の夕方になっても喜三郎の合格点はでな かった。
「あせっちゃダメ。こんなもの才能じゃなくて練習なんだから、ちゃんと家でおさらいしてくるのよ」
 手児奈はくる日もくる日も喜三郎の元に通った。練習の成果あって、誰がみても見事な包み方で手早く包めるようになった。
「いいこと。包み方は箱に始まり箱に終わる。基本を忘れないでね。じゃ、次の課題はバスケットボール」
 今度は相手が曲面だけに一層むずかしいものがあったが、基本を身につけた手児奈はなんとか最小限のしわで包めるようになった。
「次は浮き輪。いい、数学的にいうと同じ曲面でもボールと浮き輪では性質が違うの。浮き輪の方がより高度な技術を要求されるのよ」
 手児奈も相当手こずったが、ずっと修行を続けるうちに浮き輪の包み方を会得した。
「今度はバナナ。凹面の包み方もよく研究してね」
 いままでと勝手の違う相手に手児奈もとまどったが、コツさえつかめば後はそう難しくはなかった。
「いよいよ複合技よ。地球儀」
 球と棒の組み合わせは初めての経験だったが、何十回と繰り返すうちに要領は飲み込めてきた。
「アンテナ」
 曲げたりしないよう注意しなければならない。
「バス停」
 出っ張りが激しいだけでなく、サイズ的にも大物である。

 喜三郎の元に通う毎日は続いた。そしていよいよ明日はクリスマスイブという日、喜三郎はいった。
「さ、もうどこへ出しても恥ずかしくないわ。名取の免状をあげましょう」
 手児奈は深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。先生に習って、はじめて私包むことの難しさと面白さがわかったような気がします。ぜひこれからも続けて習わせてください」
 喜三郎はにこりと微笑んだが、すぐに表情を堅くした。
「ありがとう。でもね、みんな始めはずっと続けるつもりで来るんだけど、なかなか続かないのよ」
「私、精一杯がんばります。これからもよろしくお願いします」
 喜三郎は堅くした表情をちょっぴり和らげてこくりとうなずいた。

 デパートに帰ると、すでにクリスマスプレゼントを買い求める人の行列ができていた。さっそくてきぱきと包み始める手児奈。その鮮やかな手付きに杉野森主任も満足げだ。店内は活気にあふれている。
「ねえねえ、ユーサクくんって青と緑とどっちが似合うかなあ」
「なあ、どういうのあげたらいいと思う?俺あんまり女の子にプレゼントしたことねえからわかんねえよー」
「それあんたの彼氏には地味すぎない?もっとパーッとしたのがいいんじゃないの」
「おまえ今どき三千円のブローチでごまかそうってのは太えんじゃねえか」
 手児奈はふと包む手を止めた。
 なぜ私はこうまでして包まなければならないのだろう。みんながプレゼントではしゃいでいるときに、彼氏を見つけるでもなく稽古を重ねてまで。クリスマスに浮かれる人々のために。
 顔を上げると、心配そうな表情の喜三郎がたっていた。
「ね。みんな続かないのわかったでしょ」

[完]


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