大型商売小説

寛政自転車操業

佐野祭


「おい弥三郎、うまい儲け話があるんだがね」
「断わる」
「話を聞けよ」
「聞くだけ無駄だ。だいたい喜三郎、お前のもって来る話はろくなもんじゃねえんだ」
「失礼な。タイムマシンによる江戸時代貿易は、絶対確実な商売だぞ」
「そんなことはわかってる。お前江戸時代に洗濯機を持ってってどうするんだ」
「たらいで洗濯するのは大変だぞ」
「だけどお前、いきなり『さて、コンセントはどこですか』はねえだろ」
「だから次はちゃんと延長コードも持ってったじゃないか」
「それがなんだっつーんだよ……次はお前、電気カミソリを持ってったな」
「コンセントがいらねえ」
「そりゃ、一か月ほどの間は何も起こらなかったよ。だけどそのうち電池が切れちまったじゃねえか。タイムマシンの使用料と、電池の儲けと、どっちが高いと思ってんだ」
「まあ、そういうこともあるさ」
「あるさじゃねえよ。あれほど電気のいらねえ物にしろっていっただろ」
「だから、うちわを持ってったじゃないか」
「多少は考えたなと、俺も一瞬思っちまったよ。で、いざ持ってってみると、うちわなんて江戸時代にもごろごろあるじゃねえか。売れるわけねえだろ」
「だから、もっと珍しいもんをと思ってな」
「それで」
「こっちではありふれたもんだが、江戸時代には滅多にないぜ」
「それで」
「これがあるとなかなか便利だ」
「だからって電話帳持ってってどうするんだよ」
「向こうにゃこれだけ字の多い本ってきっとないぜ」
「もういいよ。お前の話は聞きたくない」
「まあ、待てよ、実はもう一個考えたんだ」
「俺は知らん」
「話を最後まで聞け。俺が江戸時代で売ろうというのは、自転車だ」
「だからお前は、馬鹿……自転車?」
「電気いらねえぜ」
「うん」
「向こうにはないぜ」
「うん」
「しかも、これは役に立つ」
「おまえな、そういうもん思いついたなら何で最初にいわねえんだ。おかげでうちわやら電気カミソリやら売る羽目になったじゃねえかドジ」
 そんなわけでいそいそと自転車を買いに行く二人でございます。
「なあ喜三郎、お前大儲けしたらどうする」
「おいら、吉原の遊廓に行ってみてえ」
「相変わらず考えることがつまんねえ奴だな。俺だったらな、その金でもって江戸の町に競輪場を開くね」
「競輪場」
「これはうけるぜ。大勢の客を集めて、テラ銭ガッポリ取って、な、もっと大儲けできるぜ」
「ふーん」
「あきんどってのはこうやってな、儲けたらその金を資金にもっと稼ぐことをかんがえなきゃ」
「で、もっと儲けてどうするの」
「しれたことよ、吉原に行くんだ」
 仕入れた自転車十台を無理矢理レンタタイムマシンに詰め込みますと、目指すは一路江戸の町。
 当時の浅草の観音様といえば老若男女集まって大変な賑わいでございます。飴屋に道具屋甘酒屋、ありとあらゆる店が出ております。そんな中へ自転車を引っ張ってやってきた喜三郎と弥三郎でございますが、
「さ、喜三郎、始めるか」
「えー、自転車。え、自転車」
「馬鹿、そんなこと言ったってわかるか。さあさあご通行中の善男善女の皆様方。ここにとりいだしましたるは南蛮渡来のばいしくる。これさえ使えば浅草から神田まで一っとびだ。しかも馬と違って餌はくわねえ、駕篭と違って酒手はいらねえ」
「酒手ってのはチップのことだぞ」
「解説しなくてもいいんだよ。さあさあこのばいしくる、ぐだぐだ言うより見るのがはやい、威力の程をとくとご覧あれ」
 言い終わりますと弥三郎はさっそうと自転車にまたがり、くるりくるりと辺りを一周、二周。居並ぶ人々これにはびっくり、
「俺にくれ」
「おう、こっちにも」
 瞬く間に十台がさばけてしまいました。さっそくお客さんが自転車にまたがり、くるりくるりと辺りを一周、……する前にこけてしまいました。
 そりゃそうですよ生まれて初めて自転車に乗るんですから。まっすぐ走れってのに無理がある。
 みんな喜三郎と弥三郎を囲んでえらい騒ぎ。
「この野郎、トンでもねえ野郎だ」
「おう、この詐欺師をふんじばれ」
 たちまち後ろ手に縛り上げられた二人でございます。
「なあ、喜三郎よ」
「なんだ」
「生きて帰れたら、今度は補助輪を買ってこような」

[完]


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