大型国歌小説

黄金虫

佐野祭


(繁華街。マイクを向けられた三十代の男性)
「なんで今ね。国旗国歌法を改正して『こがね虫』を国歌にするのか、それは疑問に感じますね」
(ビジネス街。二十代の男性)
「いいんじゃないですか。そんなに抵抗はないですね。めでたい歌だし、いいと思いますよ」
(繁華街。茶髪の女子高生二人連れ)
「えー歌うんですか」
「えーどうしよ」
「せーの、こがね虫は金持ちだ。……何だっけ」
「何だっけ」
「子どもに水飴、」
「まだ早いよ」
(ビジネス街。中年の男性)
「あれで歌われているこがね虫ってね。コガネムシのことだって説もあればカナブンだって説もあるし、ゴキブリのことだって説だってあるわけですよ。まずそこをはっきりさせるのが先だと思いますね」
(駅前商店街。初老の主婦)
「いいと思いますけどね、叙情があって。中山晋平作曲でしょう。島崎藤村の詞で、ねえ。心に染みる歌ですよねえ」
(公園。ダンスに興じる若者)
「いいと思う。(インタビュアーの「なんで」という声)ジャパニーズドリームっつーかあ、金持ちになったぞーって感じで」
(ビジネス街。OL)
「こがね虫が国歌として扱われるのが既定のことになってること自体、どうかと思いますけどね」
(字幕。「教育評論家 梅田手児奈」)
「ある意味でこの歌は、高度成長時代のお金があることはよいことだという思想を色濃く現した歌ですよ。いまバブルが崩壊して、経済的な豊かさが本当の豊かさではないと誰もが感じている時代に、果たしてこの歌が国歌として適当なのかといったら、Noと言わざるを得ないんですね」
(国立競技場。サッカーの国際試合。アナウンスが入る)
「ただいまより、国歌『こがね虫』を演奏いたします。独唱は、桑名正博さんです」
(サポーターの若者)
「あんまり好きじゃないっつーか、力が抜けてこれからさあやるぞってときに、あまり歌ってほしくない」
(サポーターの別の若者)
「みんなで歌ってるとすっごい一体感あるっしぃ、すっげえやるぞって気になるからぁ、すっごい向上心のある歌だからぁ、」
(繁華街。男子高生)
「水飴……ってどういうやつ? ジュースみたいなの? ふーん、ねちょねちょしてるんだ」
(駅前商店街。魚屋のオヤジ)
「こがね虫が日本の代表ですか? 違うでしょ?」
(字幕。「三本松大学教授 杉野森弥三郎」)
「金持ちであるこがね虫が何をするかというとですね、金蔵を立てるわけですよ。金蔵ってのはもちろん金をしまうところでして、こがね虫の金は他のことではない、金自身のために使われているわけですね。つまりお金というものの中で自己完結した歌なんですよこれは。まあ金に限らずすべてにいえることだと思います。ある意味今の日本の閉塞状況を示していると思いますね」
(秋葉原電気街。二十代の男性)
「なんか他にも適当な歌があるんじゃないかって気がしますけどね。例えば? ええ、七つの子とか」
(駅前商店街。七十代の男性)
「私ら戦争を知るものにとってはね。このこがね虫という歌はね。……(遠い目になる)」
(秋葉原電気街。スーツケースを転がした男性。中国語で)
「私、台湾から来ました。こがね虫は知らないです。(カセットで聞いて)前のと違うんですか?」
(字幕。「衆議院議員 松本喜三郎」)
「世界の中で日本という国を見たときにね、日本がこれだけは誇っていいんじゃないかというのがね、飢えた子どもってのが日本にはいないってことだと思うんですよ。飢餓に苦しむ国はもちろん、先進国と呼ばれる国でもいわゆるストリートチルドレンですとかいるわけですよね。そうして考えたときにこの歌、子どもに水飴を食べさせるわけですけど、国家にとっていろいろ大事なことはありますけれど、子どもに食料をというのはこれ以上に大事なこれ以上に基本的なことはないんですよ。じゃあ日本の子どもたちは満腹している、それだけでいいのか、世界中の子どもたちが食べ物に困らないようにというのがこれから日本の進むべき道ですし、そういった意味でこがね虫って歌はね、ほんとの意味で国歌にふさわしいんじゃないかと思いますね」
(公園。孫を連れた男性)
「こがね虫はいいねえ、金持ちで……」

[完]


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