大型農業小説

米を食うまで

佐野祭


初代松本喜三郎
 イネの生い茂った原っぱの横を通る。「ああ、イネが生えてるな」と思って通り過ぎる。

二代目松本喜三郎
 腹が減ったのでイネを見て「ああ、これ食えないかな」と思いつく。茎をかじってみて、まずかったのでやめる。

三代目松本喜三郎
 腹が減ったのでイネを見て「ああ、これ食えないかな」と思い、茎をかじってみようとしてハッと父の遺言を思い出す。父の遺言とは「あのイネっつう草の茎はまずいから、食うもんじゃねえ」ということであった。あきらめようとしたが、茎でなければうまいかも知れないと思い直し、穂をかじってみる。まずかったのでやめる。

四代目松本喜三郎
 腹が減ったのでイネを見て「ああ、これ食えないかな」と思い、茎をかじってみようとしてハッと父の遺言を思い出す。父の遺言とは「あのイネっつう草の茎はまずいから、食うもんじゃねえ、とじいちゃんが言っていた」ということであった。しかし腹が減っていたので穂をかじってみようとしてハッともう一つの父の遺言を思い出す。もう一つの父の遺言とは「で、わしは穂を食ってみたが、やっぱまずかった」ということであった。しかし腹が減っていたので、きっと父は皮を剥かずに食ったからまずかったのに違いないと考え、皮を剥きだす。面倒くさくなってやめる。

五代目松本喜三郎
 腹が減ってなかったのでそのまま通り過ぎる。

六代目松本喜三郎
 腹が減ったのでイネを見て「ああ、これ食えないかな」と思い、茎をかじってみようとしてハッと父の遺言を思い出す。父の遺言とは「あのイネっつう草の茎はまずいから、食うもんじゃねえ、とじいちゃんのじいちゃんが言っていた。で、ここで穂をかじってみようと思うだろう。でも、やっぱまずかったと、じいちゃんのとうちゃんが言っていた。じゃあ皮を剥こうと思うかも知れないが、これがなかなか大変だと、じいちゃんが言っていた」ということであった。なるほど一つ一つ手で剥いていたのではやっとれんと、そばにあった石でゴリゴリこすってみる。うまく剥けたので早速生でボリボリ食ってみる。まずかったのでやめる。

七代目松本喜三郎
 腹が減ったのでイネを見て「ああ、これ食えないかな」と思い、茎をかじってみようとする。父は何も遺言してくれなかったのでそのまま茎をかじったが、まずかったのでやめる。

(中略)

十一代目松本喜三郎
 腹が減ったのでイネを見て「ああ、これ食えないかな」と思い、茎をかじってみようとしたが「ま、細かい話は略すが、穂を石でゴリゴリ剥いて食おうとしたがまずかった」という父の遺言を思いだし、きっと焼かずに食ったからに違いないと、焼いて食おうと思って火の中に放り込む。燃えてしまったのであきらめる。

十二代目松本喜三郎
 腹が減ったのでイネを見て「ああ、これ食えないかな」と思い、茎をかじってみようとしたが「ありゃ食えん」という父の遺言を思いだし、あきらめる。

十三代目松本喜三郎
 腹が減ったのでイネを見て「ああ、これ食えないかな」と思い、茎をかじってまずかったが「ありゃほんとに食えねえんだろうか」という父の遺言を思いだし、試しにもうちょっと食ってみるが、やっぱりまずかったのでやめる。

十四代目松本喜三郎
 腹が減ったのでイネを見て「ああ、これ食えないかな」と思い、茎をかじってまずかったが「わしの若い頃はどんなまずいもんもモリモリ食ったもんじゃ」という父の遺言を思いだし、試しにもうちょっと食ってみるが、やっぱりまずかったのでやめる。

十五代目松本喜三郎
 腹が減ったのでイネを見て「ああ、これ食えないかな」と思い、茎はみるからにまずそうだったのでやめ、穂を食おうと思ったがやっぱ皮は剥かなきゃ食えないだろうと考え、手で剥いていたら大変だなと思い石でゴリゴリこすり、生では食えないかなと思い焼くのは大変そうなので煮ようと思ったが「わしがうまいと思ったのはゴロゴロドリの蒸し焼きだな」という父の遺言を思いだし、そっちを食う事にする。

十六代目松本喜三郎
 腹が減ったのでイネを見て「ああ、これ食えないな」と思って通り過ぎる。

十七代目松本喜三郎
 腹が減ったのでイネを見ていきなり穂を石でゴリゴリこすり煮て食べる。

十八代目松本喜三郎
 腹が減ったのでイネを見て「ああ、これ食えないかな」と思ったのだが、父は何も遺言しなかったので、茎をかじり、まずかったのでやめる。

 かくして、人類が本格的に米を食うようになるのはまだだいぶ先の話になる。

[完]


●次の作品  ●Vol.2に戻る  ●大型小説目次に戻る

  ぜひご意見・ご感想をお寄せ下さい。

 (ここのボタンを押していただくだけでも結構です)