大型学校小説

校則物語

佐野祭


 始業前の三本松中学職員室にはぽかぽかと朝の日差しがさしこんでいる。
「今日の朝刊、見ましたか」
 入ってきたのは数学担当の杉野森弥三郎教諭である。
「うちの中学のことが載ってるんですよ、ほら、投書欄」
「え、どれがですかあ」英語担当の梅田手児奈教諭だ。
「なんだなんだ」と松本喜三郎校長が覗きこむ。

   無意味な校則 誰のために
                      三本松区 鈴木花子
                         主婦 三八歳

 先日中学に通う長男が巻き尺で部屋の中を測っている。何をしているのかと聞いたら、校則で「テレビは三メートル以上離れて見ること」と決まっているのだそうだ。
 思わず大笑いしてしまったがやがて怒りがこみあげてきた。
 いったい何の理由があってここまで生徒の生活に介入しなければならないのだろう。……

「すっごい、ウケてるウケてる」手児奈が跳びはねた。
「ねっ、ウケてるでしょ」弥三郎はにっこり笑って新聞をたたんだ。
「やるじゃないか。たしか、このネタは梅田くんが考えたんだったな」
「はいっ、そうです」
「やっぱりこれは笑えると思ってましたよ」
「その前の杉野森先生のも結構ウケましたよね」
「ああ、『鉛筆は机に対して八十度の角度で利き腕で握る』ってやつ」
「杉野森くんはああいう細かいネタが得意なんだよな」
「でもあれは、検査するのが大変でした」
「うーむ、私もがんばらんとなあ。こないだの『教室で頭の上にたわしをのせてはいけない』っての、ありゃ今一つウケなかったな」
「校長先生のは奇をてらいすぎなんですよ」
「うーん、じゃあな」校長はあちこち見回して考えていたが「こんなのはどうだ、『廊下で駅伝をやってはいけない』」
「ぷっ」手児奈がふきだした。
「廊下で駅伝を……そうですね、よくある『廊下を走ってはいけない』ってのをちょっとはずしてるんだけどまったく別のものになってて……うーん、いいんだけど、そこまでやるとやりすぎって感じですね」
「そうだなあ、こういうやつは生活に密着したネタのほうがいいからねえ。どうも私はすぐナンセンス志向になってしまっていかん」
「やっぱり、名作『下着はグンゼでなければならない』を越えるネタってそうはないですね」
「うん、あれは笑えたからなあ」
「あの……」校長と弥三郎の話が盛り上がっているとことに口をはさんだのは手児奈である。
「いま思いついたんですけど……どうでしょう、『トイレから出たら手を洗う』ってのは」
「きゃはは」弥三郎が笑いころげた。
「うん、そりゃ馬鹿馬鹿しくっていいや。よし、次はそれでいこう」
 始業前の三本松中学職員室にはぽかぽかと朝の日差しがさしこんでいる。

[完]


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