大型アルバイト小説

日本の眠り猫

佐野祭


 近ごろの大学ではアルバイトの斡旋もやってくれる。松本喜三郎もバイトをさがすために学生課にでかけた。
「どうですか、家庭教師の話がきてますが」
「頭を使わない仕事ないですか」
「ならですね……あなた電気は強いですか」
「はい、二百ボルト位までなら耐えられます」
「いや、そういう意味じゃ……得意なことはなんですか」
「寝ることです」
「寝ること、寝ること……あ、ありましたよあなたにぴったりな仕事が。日光東照宮で眠り猫の募集をやってます」
 かくして喜三郎は東武日光線に乗って東照宮へとやってきた。
「私が宮司の杉野森弥三郎です。遠いところをようこそ」
「あの、眠り猫って何やるんでしょうか」
「眠り猫の仕事は寝ることです」
「はあ」
「ここ東照宮には世界各国から大勢のお客さんがみえられますからね。眠り猫はなんといっても東照宮のシンボルですから。じゃ、仕事場にご案内しましょう」
 極彩色の境内は家康の遺徳というよりは通夜の席でのどんちゃん騒ぎを形にしたようだ。弥三郎に連れられながらそんなことを考える喜三郎だった。
「ここです」
 弥三郎の指さす方を見ると、なるほどそこにいるはずの眠り猫がいない。
「あそこが仕事場です」
「しかし……左甚五郎は何を考えて眠っている猫なんか彫刻にしたんでしょうな」
「必要性があったんでしょう。さあ、登ってください」
 弥三郎にはしごを押さえてもらって上に登ると、さすがに少しめまいがした。
「さあ、そこに寝てください」
「こんなもんですか」
「そうそれで背中をもっと丸めてください」
「こうかな……どうです、眠り猫らしく見えます」
「今一つらしくないなあ……すいません、しっぽをもう少し前に垂らしてみてください」
「しっぽ」
「ああそうか、じゃ、服の裾でいいです。そうそう。そう、そんな感じです」
 こうして喜三郎の眠り猫としての生活が始まった。
 初めは寝てればいいんだからこりゃ楽だと思ったが、実際にやってみるといつ落ちるかと心配でおちおち寝られない。それに
「おい見ろよ、眠り猫だ」
「Oh,beautiful」
「有名的眠猫。美麗優雅」
などと下で騒がれるものだから、寝るときによだれたらしてないだろうか、いびきかいていないだろうかと気が気ではない。さらに日光の冬は寒い。
「眠り猫ですから、夜は抜け出していいですよ」
と言われているので、夜になると降りていってストーブにかじりつく。
 そんな生活も、一か月二ヶ月と繰り返しているうちにだいぶ慣れてきた。そうするともともと寝るのは大好きな喜三郎である。平気な顔で眠れるようになった。
 ある日弥三郎が給料袋をもってやってきた。
「どうも松本さん、毎日ご苦労さまです。どうですか仕事の方は」
「ええ、初めは人に見られていると緊張しましたけどね。なんか最近はそれが快感になっちゃって。スターの気分ってやつですかね」
「そりゃよかった」
「こんな充実したアルバイトなんて初めてですよ。前の人はどうしてやめちゃったんですか」
「『もっと人間らしい仕事がしたい』といって」
「まあ、その気持ちもわからないではないですけどね。人によってはそう思うかも知れませんね」
「ところで松本さん、確か三年生でしたね」
「ええ」
「就職の方はどうなさるおつもりですか」
「そうですね、まだ何にも考えていませんが」
「よろしかったら、うちでこのまま続けてもらえませんか」
「うーん、そうですね。実家に帰って相談してみます」
 喜三郎は三日間休みをとり、その間眠り猫には「修理中」の札がかかった。
「どうも忙しい中留守にしてすみませんでした」
「どうでした」
「おふくろに『眠り猫にするためにここまで育てたんじゃないよ』と、さんざん泣かれました」
「やっぱり」
「でも、親父が『お前のやりたいことなら堂々とやってこい』といってくれまして、おふくろも納得しました」
「そりゃよかった」
 弥三郎は喜三郎の手をしっかりと握りしめた。
「頑張ってくださいね。いま日本広しといえども眠り猫ができるのはあなただけなんですから」

[完]


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