大型俳句小説

にわか俳

佐野祭


 趣味というやつにも色々とございます。なかでも風流といわれるのが俳句ですな。
「おおい、喜三郎、いるか」
「ふにゃあ……なんだ弥三郎か」
「なんだなんだいい若えもんが昼間っからふとんかぶってごろごろごろごろしやがって、他にすることねえのかよ」
「てえと、木に登ったり、笹食ったりとか」
「それじゃパンダだよ……いけねえよ、そういうこっちゃ。なんかお前、趣味の一つも持たにゃ。いいこと教えてやるからちょっとこっちにこい」
「こっちにこいったって、俺は布団のなかだ。お前来い」
「だから不精いってないで来いってえんだよ……馬鹿野郎布団ごと動けるわけねえだろ……ん……器用なやつだな」
「長年かかって身につけた技だ。まず頭と足でうんとつっぱり腰を浮かせて、布団の真ん中のあたりを動かす。するってえと頭と足が置いてきぼりくっちまうから今度は腰でふんばって」
「んなこと解説しなくたっていいんだよ……ま、話っつうのは他でもねえ……お前、俳句やらんか」
「俳句?俳句ってえと、なんとかのなんとかかんとかなんとやら、ってあれか?」
「他にどんな俳句があるんだよ」
「例えば、ほら、ヒッチ俳句とか、小さい子供が行くハイク園だとか、年末にはベートーベンのハイク交響曲とか」
「何わけのわからねえこといってやがんだ。俳句ったら五七五の俳句に決まってらあ。ほい、行くぜ」
「ちょっと待ってくれよ、なんで俺が俳句をやらなきゃいけないわけ」
「そこだ」
「ん?」
「いいか、こんど三丁目に俳句教室ができたと思え」
「うん」
「でその俳句教室の先生ってのが、梅田手児奈ってえ女の先生だ」
「女ったって、俳句の先生ったらばあさんだろ」
「ところがどっこい」
「はあ」
「歳のころなら二十二三、目もとすずやかなとびきりの美人」
「ほお」
「な、てなわけだから行ってみよぜ、早く、起きて起きて、ほら顔洗って、布団を持ってくるんじゃない!ほら靴はいて。おらどっち行くんだよ、三丁目はこっちだよ。おらここだ。ええ、ごめんくだせえやし」
「はい」
「ええ、俳句を習いてえんですが」
「まあそれはそれは、どうぞお上がり下さい。まあ俳句なんて言いますと、わりとお歳を召した方のなさることとお思いの方も多いですけど、最近はお若い方も多いんですよ。どうぞお気楽に」
「へえ……おい弥三郎」
「へえ……な、言った通りだろ」
「お名前は」
「へえ、松本喜三郎と申します……ああ、すげえ美人」
「あっしは杉野森弥三郎ってんで……ほれみろ、来て良かっただろ」
「……ああ、俺ゃこんな美人のためだったら、親でも殺す、俳句でも作る」
「……同列にするない」
「お二人とも俳句のご経験は」
「いやそりゃもう、なんてえのか、よくいいますよね、だから……さっぱり」
「まあ最初は難しく考えずに、自分の思った通りを五七五にすればよいんですよ、ではさっそくやってみましょう」
「へえへえ、……な、喜三郎、ここは一つあっと驚く名句を作って感心させなきゃなんねえ。そうすりゃお前『まあ弥三郎さんって才能がおありなのね』ってなことになって、『あたしと一生俳句を作って暮らしませんか』ってなわけで、俳句が取り持つ縁と縁、」
「いいから早く作れよ」
「おおそうだったそうだった、んーとそうさな、『春の海』」
「ん、『春の海』ときたか」
「うーんと、『春の海』」
「んで」
「それから、『春の海』」
「なんでえちっとも進まねえじゃねえか。こんなもんはそんな深刻に悩むことはねえんだ。だからだよ……そうさな……うーん」
「『春の海』」
「むむむむ……んんんん……くおーっ」
「まあまあお二人とも、最初のうちはそんなお上手にできるわけないんですから、もっと気楽に思いつくままに作ってもらえればいいんですよ」
「なるほどねえ……てえっと、ちょちょいのちょいっと……へえ、できました」
「まあ、じゃあさっそく読んでみて下さい」
「はい。『うぐいすが』」
「なるほど『うぐいすが』」
「『なくよ松本喜三郎』」
「……は?」
「もう一つあるんです。『菜の花の色や松本喜三郎』」
「はあ」
「まだあるんです。『七草に浮かぶ松本喜三郎』」
「……喜三郎さん」
「はい」
「名前は五七五に入れなくていいんですよ」
「なんだ、道理で作りにくいと思った」
「『春の海』」
「ああびっくりした、まだやってたのか……先生、こんなもんでどうでしょ」
「どれどれ」
「『ふぐを食う』」
「うーん『ふぐを食う』ね。うん、それで」
「『ふぐを食うまたの逢瀬はいつの日か』」
「……なるほど、昔なじみとふぐを一緒に食べた、また今度こうして昔なじみが会えるのはいつの日になるだろうという句ですね」
「いえ、何十年ぶりにふぐを食って、次に食うのはいったいいつになるだろうと、こういう句です」
「……いや、そうなんじゃないかとは思ってましたが……」
「次があるんです。『かにを食う』」
「今度はかにですか」
「『かにを食う足のすみまで下げるまで』」
「は?」
「いえ、かにを食いに行って、かに足を隅々まで食い終わるまで下げられてたまるもんか、とそういう句です」
「はあ」
「『春の海』」
「ああ、弥三郎さん、できましたか」
「できました。『春の海行く杉野森弥三郎』」
「人の話を全然聞いてなかったでしょ。喜三郎さん、次のはできましたか」
「こんなのはどうでしょう。『えびを食う』」
「どうぞ」
「『えびを食う口に食わせて手に食わせ』」
「はあ」
「えびの殻をむいて手がべとべとになると、口で食ったほかに、なんか手でも食べた気になるなあ」
「いい加減に海産物から離れられませんか」
「じゃ、こんなのどうでしょう。『くぎを食う』」
「は……は?」
「『くぎを食う道理でみんな食わぬはず』」
「……だから……なんていうか……弥三郎さん、どう思います」
「季語が入ってねえ」
「いや、そういう問題じゃなくて……弥三郎さんはできましたか」
「できました。今度はばっちりです」
「まあ、聞かせて下さい」
「ちゃんと季語も入ってます」
「はいはい」
「『春の海半年たったら秋の海』」

[完]


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