大型花見小説

桜花粉症

佐野祭


 二十世紀後半人々を悩ませ続けた花粉症は、特効薬の普及により急速に姿を消しつつあった。
 しかしこの特効薬には妙な副作用があった。
 杉の花粉に対しては絶大な効果があったのだが、どういうわけだか今まで花粉症と無関係だった桜の花粉による花粉症が起こりやすくなったのだ。
「やや喜三郎さん、ぐしゅ、どうですか一杯」
「これはこれは弥三郎しゃん、へっくしゅ、おたくも桜花粉症ですか」
「そうなん、ぐぢゅ、そうなんですよ、この季節になるとずるっ、ひどくでね」
「まままではご返杯、ずりっ、私もなんでずよ、あー、へくしゅ」
「じゃま乾杯、おっと、マスクしたまま飲めねえや」
「そう、外に出るときはぐしゅ、マスクがか、か、か、かかせないから……じゅるっ」
「二人ともそれでよく花見に来ますね」
「や、これは手児奈さん、相変わらじゅお美しい」
「そんなサングラスかけてマスクしてまで。過激派の生き残りかと思いましたよ」
「いやあ花見ばっかりは花粉症だからってや、やめるわけには……ずりっ」
「そうそうやっぱり春は花見をしないとしまらねえ……は、は、は、はあくしっ」
「弥三郎さん、ぐしゅ、酒を飛ばしちゃいけねえよ」
「そういう喜三郎さんも焼き鳥のかけらが、は、飛んだよ」
「汚いなあ」
「いやいやこれは失礼、手児奈さんは花粉症ないの」
「全然」
「いや花粉症でない人にはなかなかわからないと思うんだが、ずずっ、この、この、あー目がしょぼつく、桜の下で鼻をすすりながら飲むってのがまた格別、ねえ喜三郎さん」
「そうそうこの鼻に来るところなんざあ……へ、へ、へ、へっくしょい……ティッシュがなくなりました」
「あげましょう」
「どうも」
「勝手にとってぐださい。箱で持ってきまじたから」
「こりゃずびばせん。私もいつもだったら切らすことなんてないんだが、今日は特にひどくて、ちーん」
「困ったときはお互い様です」
「ずびずば、あ、違った、これごみ袋じゃないや」
「喜三郎さんいけません、それはおつまみの袋です」
「ばっちいなあほんと早く拾ってよ。燃えるごみはここ、空き缶はこの袋、間違えないでよ」
「あーあー怒って行っちゃったよ」
「ま、花粉症でない人には、この、ずっ、花粉症の苦しさはわかりませんよ」
「そ、ああいう人の痛みのわからない女はね、嫁の貰い手がありませんよ」
「そうそう、じゅっ、いやあしかし今年はいつもよりすごいね、こりゃ」
「ああ、こんなのは五年ぶりくらいじゃ、くしゅっ、ないかな」
「そうそう五年前の花見だよ、喜三郎さんがバーベキューの中に鼻汁飛ばしたの」
「そんなこと、ずずず、しましたっけ」
「しましたとも、ぐしゅん、それで鈴木さんが知らずにそのお肉食べちゃったんじゃないですか」
「汚いなあもう、やめてよ」
「あら、まだいたの」
「なんで花見に来て鼻汁の話しなきゃならないのよ、まったくもう」
「だいぶ怒ってばすね」
「やっぱり桜の下で怒っぢゃいけませんよね」
「そう、花の下では風流でなくっちゃ」
「そうそう風流。ぶあっくし、うう、死にそう」
「ずしゅっ、ほんとに。まあ、桜の下で死ぬってのもねえ、ほら空海の歌みたいで、風流じゃないでずか」
「なんでしたっけ」
「ほら花の下で死ぬぞって、くしっ、歌ですよ」
「ああありまじだね」
「えーと、願ばくば、花の下にて、ずずっ、春死なむ、そのきはっくしょん、如月の、は、は、は、望月のころ」
「はいはいちょうど今の時期ですなあ、……それ空海でしたっけ」
「違ったっけ……ごめんごめん何が空海だ、弘法大師ですよ」
「そうそう弘法大師だ弘法大師」
「ははは空海だって、ごめんごめん弘法大師、へっくしっ」
「西行よっ」
「……西行だっけ?」
「そっか。どうも坊さんの名前ってのがみんな二文字で紛らわしいんだよな」
「だいたい空海も弘法大師も同じ人じゃないの」
「なら西行だって同じ人でいいじゃない、はっくしょん」

[完]


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