大型航空小説

スカイ・ホルン

佐野祭


「かねてからご依頼の騒音のないジェット機ですが」
 航空機メーカー三本松社の応接室。技術部長松本喜三郎は、空軍の杉野森弥三郎大佐に向かって切り出した。
「どうやら私どもといたしましても、納得のいく試作品ができました」
「うむ。いろいろ面倒なことを頼んですまない」
「いえいえ」
「まあ知っての通り、基地の回りの騒音問題は軍としても頭の痛いところでな。
このところ住民からの訴訟には負け続けで、このところ四勝七敗だからな」
「あと一番で負け越しですね」
「ま、この開発がすめばそんな苦労もなくなるがな。で、どんな具合だ」
「では、ご説明いたします」
 スクリーンがするすると降りてきて、飛行機の構造のスライドが映し出された。
「まず、騒音の原因を元から断つのが一番の方法です」
「うむ」
「音というのは空気の振動です。そこで、通常のジェット機においては空気を大量に吹き出しておりますが、これを止めてみました。これによる騒音量の低下は驚くべきものがあります。ただ、若干の問題があり……」
「なんだ」
「飛ばないんです」
「それじゃ何にもならんじゃないか」
「まあ、ジェットエンジンの原理そのものが、空気を吹き出して進む、というものですし」
「それにしたって無茶苦茶だ」
「お言葉を返すようですがね」
 喜三郎はにじりよった。
「そもそも騒音のないジェット機を作れ、って注文自体が無茶苦茶なんですから」
「わ、わかっておる」
 スライドが変わった。喜三郎は再び説明を始めた。
「そこでですね、発想の転換が必要になりました」
「うむ」
「音のしないジェット機はできない。では、その音を外に出ないようにすればよいのではないか。ご覧下さい」
 スライドが変わった。
「ジェット機の回りを、防音壁で囲ってみました」
「……」
「これ、一見すると飛びそうもないでしょう」
「……」
「飛ばないんです」
「あのな」
 喜三郎はにじりよった。
「そもそも騒音のないジェット機を作れ、って注文自体が無茶苦茶なんですから」
「わ、悪かったって」
 スライドが変わった。喜三郎は再び説明を始めた。
「というわけでですね、再び発想の転換が必要になりました」
「うむ」
「音のしないジェット機はできない。その音を外に出ないようにすることもできない。ではどうするか。要は、騒音ではなければよいわけです。ご覧下さい」
 スライドが変わった。
「これが新たに開発したジェットの吹き出し口です。一定の間隔で弁のようなものがあるのがおわかりですか」
「うむ」
「この弁に秘密があるのです。実はこの弁、笛の穴の役割をします。つまり、この弁を自動的に開閉することにより、さまざまな音程を出すことができます」
「なるほど」
 弥三郎が身をのり出した。
「騒音ではなく音楽をだそうというわけか」
 喜三郎はにっと笑った。
「実際にご覧にいれましょう」
 飛行場には、真新しいジェット機がとまっている。見たところ、普通のジェット機と変わりはない。吹き出し口のところに弁があるはずなのだが、下からみると分からない。
「では、始めます」
 喜三郎が手をあげると、ジェット機はうなりをあげて動き始めた。が、そのうなりはすぐに聞き憶えのあるメロディをかなで始めた。『踊るポンポコリン』だ。
「どうです」
 離陸して踊るポンポコリンを歌いながら飛んで行くジェット機を見送りながら、喜三郎は自信満々に弥三郎に話しかけた。
「なかなかのもんでしょう」
「ああ、思ったより鮮明な音色でびっくりした。なるほど、これならいけそうだな。ただ……」
「ただ?」
「軍用機が『踊るポンポコリン』じゃ困るな」
「そうですかねえ。親しみやすくて、よいんじゃないでしょうか」
「それはそうだが乗ってる方の志気にかかわる。やはりここは国歌にしよう」
「はあ。いやでも子供なんかにも受けますし……」
「国歌だ」
「……はい」
 さっそく空軍機はすべてこのタイプに改造され、空軍の各基地からは戦闘機や爆撃機が国歌を吹奏しながら離着陸を始めた。

 それから一年。
 三本松社の応接室では、喜三郎と弥三郎がうかぬ顔をしていた。
「……これで四勝十一敗か」
「十両転落ですね」
「……やはり『踊るポンポコリン』にするべきだったかな」
「いや」
 喜三郎はきっぱりと言った。
「やはり毎日聞きなれていて飽きの来ない曲にしましょう」
 喜三郎の提案は取り入れられた。空軍の各基地からは戦闘機や爆撃機がゴミ収集のテーマを吹奏しながら離着陸を始めた。

[完]


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