大型近未来小説「手」

第2回 相撲には手がいる


 弥三郎はその他あらゆる分野に関して市場調査を行った。大きな変化があったのは水泳だけではない。スポーツ界全体が、『千手観音くん』の登場により大きく様変わりしようとしていた。
 特に大きな変化があったのはなんといっても相撲である。そもそも土俵入りからして違う。幕内力士が円になり何百本という手が上がるさまはあたかも大輪の菊の花を思わせはなはだ壮観である。また、横綱土俵入りも雲龍型と不知火型が同時に見られるので評判が良い。が、一番変わったのはやはり取組であろう。
 名古屋場所千秋楽、結びの一番は優勝をかけて東西両横綱の激突となった。東、駒錦十四戦全勝。西、高島田同じく十四戦全勝。
 木村庄之助の軍配が返った。高島田いきなり回転の速いつっぱりで駒錦をせめたてる。なにしろ八本の手で突っ張るのだからたまったものではないが、さすがに王者駒錦である。たくみに高島田の廻しを捕らえ、得意の右四つにもっていった。しかし高島田は右四つになりながらも残る六つの手で突っ張りをやめない。そこで駒錦は高島田の足を取りにいく。高島田バランスをくずしかけ、たまらず駒錦の廻しをつかんだ。右四つから右八つ。そして十と二つ。とうとうがっぷり十と六つになった。正確にいえば、左が四つで、右が十と二つである。
 両者相手の出方をうかがっている。長い緊張のあと、先にしかけたのは高島田だった。寄りに出るところを駒錦執念の上手投げ(下手投げ二十五パーセント)。高島田土俵上に十ん這い(いわゆる四つん這い)になり、駒錦が十四度目の優勝を飾った。
 場内は割れんばかりの大拍手、もっとも以前に比べて手の数が八.三倍になってるのだから当り前だが。駒錦は恒例の優勝パレードに臨み、オープンカーの上から人々の歓声に八本の手を振って応えた。

(続く)


●前に戻る  ●次に進む  ●目次に戻る