大型近未来小説「手」

第3回 ボクシングには手がいる


 もっともこれはウエイト制のない相撲だからできるのであって、ボクシングなどではそう単純にはいかない。
「おおい。アポロ。アポロいるか」
「はい」
「おう、今度のウェルター級選手権だがな、チャンピオンはどうやら腕六本でくるらしいぞ」
「まいったなあ。あと二本ふやさなきゃなんないじゃないっすか」
「ああ、こればかりは腕の数がものをいうからな。でも二本も付けて、ウエイトの方は大丈夫か」
「ちょっと苦しいっすよ。計ってみましょうか」
「どれどれ。……ああ、だめだ、軽くオーバーしてる」
「どうしましょう」
「そうさなあ。どうせ殴るだけなんだから指は要らないやな。よし、切り落してみよう」
「痛い。それは僕の生の指です」
「おっと、わりいわりい。ほれよっこらせっと、これでどうだ」
「……だめっすよ、指くらいじゃ」
「無理かあ。よし、この二本はガード専用ってことで手首も落しちゃえ」
「だんだん情けなくなってきたな……これでもまだオーバーっすよ。ねえ、一本だけふやすってことで妥協しませんか」
「だめだよ。奇数だとバランスが悪い」
「だからほら、こうやってへそのあたりにつければ、ボディも防げますし」
「……お前その手、動かせるか」
「やあ、これはくすぐったい。でも少し練習すればなんとかなりそうです」
「よし、早速へそ踊りの練習だ」
 ウエイトに上限のないヘビー級などはもう無法地帯である。
「日本のみなさんこんにちは、こちらはニューヨークのマジソン・スクエア・ガーデンです。ただいまより世界ヘビー級タイトルマッチ、チャンピオン・ジェシー・フランクリン対挑戦者アルバート・スミスの一戦を生中継でお届けいたします。さあ、まず挑戦者のスミスが入場して参りました。すごい腕です、一体何本あるのでしょうか。肩といわず胸といわず背中といわず腕だらけです。どう控えめに数えても四十本を下らないでしょう。続いてチャンピオン、フランクリンの入場です。こちらもすごい。何と頭の上にまで手が生えてます。さあ、世紀の一戦いよいよゴングを待つばかり。試合に先立ちましてレフェリーによる入念なボディチェックが行われます。今、レフェリーがスミスの腕を一本一本念入りに調べています。黒く太い腕。今日はそのうちの何本がチャンピオンの上に炸裂するのでしょうか。まだ調べています。このスミスは過去二十八戦二十八勝十KO。迎え撃つチャンピオンは十九戦十九勝十一KO。無敗同士の決戦、栄光はどちらの上に輝くのでしょうか。まだ調べています。それではこの間にコマーシャルをご覧ください」
「再びマジソン・スクエア・ガーデンです。今もなお、入念なボディチェックが続いております。何といってもこの試合の見どころは、若いチャンピオンに老獪な挑戦者がどう仕掛けるかという、あ、いまやっと挑戦者のボディチェックが終わりました。続いてチャンピオンフランクリンのボディチェックが行われます。それではここで、ジェシー・フランクリン栄光の軌跡、ダイジェストにしてあります、どうぞご覧ください」
「さて、まだリングではボディチェックが続いておりますが、放送時間の方が残り少なくなって参りました。それでは皆さん、マジソン・スクエア・ガーデンからさようなら」

(続く)


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