大型近未来小説「手」

第4回 野球には手がいる


 野球はパスボールが少なくなったぐらいであまり大きな変化はなかった。それはそうである、いくら手が多いといっても幾つもボールを投げるわけにはいかない。しかし、影響は妙なところに表われた。
「おいこら、あんなところでいきなり盗塁するやつがあるか」
「だって監督、盗塁のサインだしたじゃないですか」
「なに寝ぼけてるんだ。サインを良く見ろ」
「だってほら、右第一手でまず左第二肘を触り、それから左第四手首、そいでもって右第二手で左第一腕を触って……」
「だから寝ぼけてるというんだ。いいか、俺が左第一腕を触ったのは右第三手だぞ。これは一球待てのサインだ。間違えんな」
「なにを言ってるんですか。一球待ては、まず右第二手で左第二肘を触ってからでしょ。右第一手で触るのは、バントですよ」
「あほ、バントはだな、右第一手で左第二手を触ったあと、左第三手首を触るんだ。よく覚えとけ」
「左第三手首を触ったらエンドランになっちゃうでしょうが。バントだったら、第四手首を触らないと」
「エンドランは左第三肘だろ。ミーティングでやったばかりじゃないか」
 このやり取りを聞いていらいらしてきた相手のキャッチャーがたまらずベンチにやってきた。
「バントは左第三手首、エンドランは第三肘でしょ。しっかりして下さいよ」
 監督にこりともせず
「ほらみろ俺の言ったとおりじゃないか」
 悲しい出来事もあった。アイスホッケーが中止になったのである。
 最初は手が増えるとそれだけスリリングなシーンが増えるかと期待された。確かに何本もの腕によるパックの取り合いは迫力があった。が、いざシュートしようとしても、ゴールキーパーが何十本という腕を拡げると、それだけでゴールが埋まってしまうのである。これでは点のはいりようがない。零対零のゲームが何試合も続いたあげく、しまいには馬鹿馬鹿しくなって誰もやらなくなってしまった。

(続く)


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