大型近未来小説「手」

第5回 文楽には手がいる


 芸能の分野にも新しい波が押し寄せた。歌舞伎界では早速十本の腕を使ったケレン味あふれる演出が登場した。しかしもっとも大きな事件は文楽界の内紛であろう。
 ご承知のように文楽の人形は三人によって操られる。首と右手を動かす主づかい、左手を動かす左づかい、足を担当する足づかいだ。が、『千手観音くん』の導入により主づかい一人で手も足も操作できるようになった。
 おさまらないのはお払い箱になった左づかいと足づかいである。
「まったくひとをこけにしてくれるわ。今までずうっと一緒にやってきたのに、なんや思うとんのや」
「そやな」
「な、腹が立つさけわしらだけで芝居うたんか」
「ちょっと待て。そんなことゆうたかて、わしら左手と足しかできんのやで。どこの世界に左手と足だけの浄瑠璃がある」
「それもそやな。よし、こんなのどうや。お初徳兵衛がいきなり辻切りに袈裟懸けに切られるのや。左手と足だけになった二人の怨霊が夜な夜な現われ……」
「んなあほな」
「あかんか」
「あかんあかん」
「ほならこんなのどうや。お軽勘平がいきなり定九郎に袈裟懸けに切られるのや。左手と足だけになった二人の怨霊が夜な夜な現われ……」
「おんなじやないか」
「あかんか」
「あかんあかん。第一な、定九郎はいったいどうやって動かすんや」
「だから、定九郎も実は怨霊で……」

      (続く)

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