大型近未来小説「手」

第8回 時計には手がいる


 悲劇は時計業界にも起こった。
「……」
「……」
「……」
「……誰だよ腕が増えれば腕時計も売れるって言ったやつ」
「……あの時はみんな賛成したじゃないか」
「やかましい。考えてみれば腕が何本あろうと時計なんて一人に一個あれば十分に決まってるじゃないか。見ろよこの在庫の山」
「だからちゃんと『いま、一本に一個の時代』ってコマーシャルもやったじゃないか」
「ほほう、じゃお前は腕が二本のとき両腕に時計してたのか」
「いや、そりゃまあ」
「それでも時計が正確ならいいよ。『左第一手と第二手で時間が違うんだけど』って苦情が、何件来たと思う」
「まあ、そういうこともあるさ」
「おまけにその時計がアラームつきだから始末が悪いや。少しずつ間を置いて、あっちの手でピーピーこっちの手でピーピー」
「そのくらい派手な方が」
「なにが派手だ。どうしてくれるんだよこの在庫」
「……だからこれはだなあ、つまり、その、景品付けて売るってのどう」
「なにを」
「……そのお、やはり、なんだ、そうそう、腕をおまけに付けるってのどう。『今、腕時計を買うと、腕も付いてくる』って……やっぱ……だめか」

      (続く)

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