大型占い小説

さまよえる占い師

佐野祭


 喜三郎はついてなかった。
 これはもしかしてこの喜三郎という名前が悪いのではないかと、思い切って美人占い師で名高い手児奈(てこな)のもとを訪れた。
 三本松の手児奈の家を訪れてみると、手児奈は噂にたがわぬ美女だった。
「さあ、どうぞおはいりになって。私の姓名判断は、ほかのと違ってちゃんと科学的根拠にもとづいたものなんです。皆さんとても喜んでお帰りになるんですよ」
 喜三郎はさっそく今の自分の名前を見せた。手児奈はしばらく梨を食べながら考えていたが、ぽつりと言った。
「うーん、松本喜三郎ねえ……ちょっと画数が……」
「画数が?」
「多すぎます」
「……画数ってのは多いとか少ないとかの問題なんですか」
「もちろんですよ。画数の多い名前は書くのに時間がかかります。それだけ貴重な時間を無駄にしているんですよ」
 喜三郎はなるほどと思った。
「私の占いの科学的なのがおわかりいただけたでしょう。もっと画数の少ない名前にしましょう。松本三というのはどうです」
「少ないのなら一の方が良くありませんか」
「その名前はもう三百二十八人に付けてしまいましたから。まあ、三ならまだ三十四人ですよ」
 喜三郎は良い名前をもらったと喜び、松本三と名乗ることにした。
 そして一ヶ月。手児奈のもとに松本三が再び訪れた。
「先生、どうも困ったことになりました」
「どうしました」
「名前と住所の区別がつきません」
「それは困りましたね。実は、私の理論は間違っていたことがわかったんです」
「と、いいますと」
「顧客名簿を整理したら鈴木一さんが五十八人になっていました。画数の少ない名前はだめです、やはり名前は個性がなくては。そこで……」
「そこで?」
 手児奈は大きくうなずいた。
「これからは画数の多い名前です。喜三郎を羇鑽籠という字に変えましょう」
 三は良い名前をもらったと喜び、松本羇鑽籠と名乗ることにした。
 そして一ヶ月。手児奈のもとに松本羇鑽籠が再び訪れた。
「先生、どうも困ったことになりました」
「どうしました」
「マジックインキで名前を書こうとしたらみんなつぶれてしまいました」
「それは困りましたね。実は、私の理論は間違っていたことがわかったんです」
「と、いいますと」
「フォントを小さくしている人から読めないぞと言う抗議が殺到しています。画数の多い名前はだめです、やはり名前は格式がなくては。そこで……」
「そこで?」
 手児奈は大きくうなずいた。
「これからは字数の多い名前です。喜三郎を喜三郎太左衛門尉西大立目内蔵助実篤という字に変えましょう」
 羇鑽籠は良い名前をもらったと喜び、松本喜三郎太左衛門尉西大立目内蔵助実篤と名乗ることにした。
 そして一ヶ月。手児奈のもとに松本喜三郎太左衛門尉西大立目内蔵助実篤が再び訪れた。
「先生、どうも困ったことになりました」
「どうしました」
「名刺が長すぎて、名刺入れに入りません」
「なるほど、これはどじょうよりも長いですね」
「もしかしたら先生の理論が間違っていたんじゃないですか」
「いえ」手児奈はきっぱりと言った。
「私の理論に間違いはありません。名刺が長いと、ほら」
 手児奈は名刺を持った手をゆっくりと上げた。
「背中もかけます」
 松本喜三郎太左衛門尉西大立目内蔵助実篤は末永く幸せに暮らしたという。

[完]


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