大型交通小説

右折の原理

佐野祭


 つい最近まで馬車が走っていた道も、自動車が増えてきている。
 キサブローがスコットランドヤード(ロンドン警視庁)のスギノモリ警部に呼ばれたのはそんなある日だった。
 なぜイングランドにあるのにスコットランドヤードなのかは深く気にするべきではない。東京にあるのに信濃町のようなものである。
「キサブローくん。困ったことが起きてな」
「どうしました、警部」
「右に曲がろうとするとまっすぐ来る車がじゃまになって、非常に危ないんだな」
 キサブローは警部に落ち着いて最初から話してくれるように頼んだ。
「最近自動車が増えているだろう」
「増えてますね」
「道の左側を走っていて、左に曲がる。これは別にじゃまするやつはいないから、何の問題もないな」
「ないですね」
「ところが道の左側を走っているのに、右に曲がろうとする」
「曲がりますね」
「そうすると、右側の道を乗り越えなければならないだろう。前から来る車がじゃまになって危ないじゃないか」
「右側を走ればよいのでは」
 スギノモリ警部は考え込んだ。
「それやってみよう。乗りたまえキサブローくん。まず左側を走る、もうすぐ交差点だから、右側を走る、」
「前から車が来ます」
 ドンガラガッシャングワァ。

「と、いうふうに、この方法は大変危険だということがわかったわけだ」
「危なかったですね」
「このままでは右折による事故が後を立たない。何かいい方法はないか」
「右に曲がらなければよいのでは」
「そうはいかんだろう。曲がるよそりゃ」
「右に曲がる代わりに、左に曲がるのはどうでしょう」
「代わりになるかそんなもん」
「いや、左に曲がってから後ろに下がれば同じです」
「なるほど」
 スギノモリ警部は考え込んだ。
「それやってみよう。乗りたまえキサブローくん。まず左側を走る、左に曲がる、後ろに下がる、」
「後ろから車が来ます」
 ドンガラガッシャングワァ。

「と、いうふうに、この方法は大変危険だということがわかったわけだ」
「危なかったですね」
「右に曲がるのも左に曲がるのもだめだとなれば、どうすればいいんだ」
「まっすぐ進むのはどうでしょう」
「そりゃだめだろう。曲がりたいんだから。まっすぐは、だめだと思うよそりゃ」
「いや、大丈夫ですよ。まっすぐいったところで、車の向きを変えればいいんです」
「なるほど」
 スギノモリ警部は考え込んだ。
「それやってみよう。乗りたまえキサブローくん。まず左側を走る、まっすぐ進む、ここでいったん降りて、車の向きを変える、キサブローくん後ろを持ってくれ、ん、これはさすがに重いな、ちょっと待て、ひと休み」
「車が来ます」
 ドンガラガッシャングワァ。

「と、いうふうに、この方法は大変危険だということがわかったわけだ」
「危なかったですね」
「右に曲がるのも左に曲がるのまっすぐ進むもだめだとなれば、どうすればいいんだ」
「右に曲がる代わりに、左に曲がるのはどうでしょう」
「それはさっきやったじゃないか」
「いえ、さっきは左に曲がってから後ろに進んだからおかしくなったんですよ。無理して後ろに下がらなくても、左に三回曲がれば」
 キサブローは紙に図を書いた。
「なるほど」
 スギノモリ警部は考え込んだ。
「それやってみよう。乗りたまえキサブローくん。まず左側を走る、右に曲がりたいところだが左に曲がる、と。なるほど、これでもう二回左に曲がればよいわけだな」
「そうです」
「やっぱり君に相談してよかったよ。なんかこの問題百年たっても解決しないんじゃないかという気がしてたんでな」
「そんな大げさな」
「いやでもほんと参っててさあ」
「そんな百年後でも右に曲がるときは周りの車が通らない隙に曲がるしか手がないなんて、そんなことはないですよ」
「だよなあ。ところで、左に曲がる道がないな」
「ないですね」
「我々はどこに行くのかな」
「右でしょう」
「いや右なんだが、右はもう右じゃないんだな。君が言う右は後ろのことだろう。後ろに行くにはどうしたらいいのかな。いや、そりゃ左に二回曲がればいいのはわかってるんだがな」

 日本じゃないんだから危ないのは左折のほうだろうと思ったかも知れないが、イギリスは左側通行である。

[完]


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