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「なぜこのような公募をするのかわかりません。祝いのときに掛けるべき声は日本人が古来より愛でた花、日本人の魂、『桜』しかないではないですか」
 喜三郎と弥三郎は立ち上がり、両手を高く振り上げて叫んだ。
「さくらー。さくらー。さくーらー」
 喜三郎と弥三郎は腰を下ろした。
「うん、なんとなくめでてえな」
「確かに。次は」
「私は天啓を受けました。これしかありません。この名は広く天下に知らしむことになります。『駒込ピペット』」
 喜三郎と弥三郎は立ち上がり、両手を高く振り上げて叫んだ。
「こまごめぴぺっと。こまごめぴぺっと。こまごめぴぺっとー」
 喜三郎と弥三郎は腰を下ろした。
「なんだそれ」
 のちにこの応募者の執念は、臨床医学で衛生的な器具として発明され化学実験に広く用いられる駒込ピペットとして実を結ぶことになる。
「次」
「やはり明るくて希望のある掛け声がいいですね。『さわやか』はどうでしょう」
 喜三郎と弥三郎は立ち上がり、両手を高く振り上げて叫んだ。
「さわやか。さわやか。さわーやかー」
 喜三郎と弥三郎は腰を下ろした。
「さわやかだな」
「ああ。さわやかだ。次は」
「えー、『隣の柿は……』」
 喜三郎はそのはがきをずたずたにした。
「いるんだよこういう馬鹿が必ず」
「次は」
「めでたいのだから、『めでたい』がいいと思います」
 喜三郎と弥三郎は立ち上がり、両手を高く振り上げて叫んだ。
「めでたい。めでたい。めでたい」
 喜三郎と弥三郎は腰を下ろした。
「そのまんまだな」
「次は」
 かくして選考は丸三日続いた。
「……次は」
「終いだ」
「やっとか。しかし参ったなあ、この中からどれか一つかよ」
「どれにしよう」
「んー、強いて言えば……恵比須かなあ」
「俺は桜がいいと思う」
「まあ、桜でもいいなあ……そうすっか」
「よし。では、新しい祝いの掛け声は、『桜』に決定」

 それがどういう経緯で現在の形に落ち着いたのか、私は知らない。
     [完]




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