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「ヤサブロー、もうすぐよ」
「なあテコーナ、ふと思ったんだか」
「何よ」
「視察官がエッセンブリック派*8だったらどうしよう」
「そんなわけないでしょ。さあ、もうすぐ出番だからね」
 視察官一行が青海亭に到着し、テコーナの歓迎の挨拶のあと、いよいよヤサブローの歌の番になった。が、ヤサブローは姿を現さない。
 テコーナが控え室になっているキッチンを覗いてみると、ヤサブローは頭にキャベツを乗せてホメラニアンダンスを踊っていた*9
「テコーナ、俺、だめかも知れん」
「いまさらなに言ってるのよ。とっとと舞台に上がった上がった」
 テコーナに押し出されるように舞台に放り出されたヤサブロー。開口一番、
「わきが*10
 きょとんとする視察官を前に、ヤサブローはあわてて言い直した。
「ええと、本日はようこそいらっしゃいました。あの、馬の耳に念仏*11ではありますが、一曲聞いてください。『向こうの山から陽が昇り』」
 割れるような拍手の中、ヤサブローは歌い始めた。
「 向こうの山から陽が昇り*12
  猿の腰掛けたえだえに
  モモンガ囃子がうち揃い
  切り株めがけて突進だ
  ああ、われ地べたに穴を掘り
  モモンガめらを退治する 」

 視察官の帰った後、すっかり落ち込んだヤサブローにテコーナか話しかけた。
「ねえ、あんまりしょげないでよ、ヤサブロー。ハンボローだって、結局は、箒をかついだんじゃないの*13

     [完]


*8  キリスト教の一派で、讃美歌以外の音楽をいっさい否定した。 十八世紀前半に絶滅。
*9  あがるのを防ぐおまじない。
*10  原文はforkliztes。 「本日」のforgbiztesに通じる。
*11  原文は"El werpiete vost noiche klone."(聞く耳を持たぬ者が聞けば讃美歌も戯れ歌)。 ここでは思い切って意訳した。
*12  元歌は北ホメラニア民謡。元の歌詞は以下の通り。
「 向こうの山から陽が昇り
  アルムの川霧たえだえに
  雄鶏時を告げし時
  若きますらお突進す
  ああ、われ神にひざまずき
  幸多かれと祈りあぐ 」
*13  ハンボローは叙事詩「アンチィゴルマイン」に登場する英雄。
 この落ちはわかりにくいので解説が必要だろう。 ハンボローは妻が自分の悪口を言っているものと勘違いし、妻をはじめ二百人の召使いを切り殺す。 それを止めようとした領主の部下三百人を切り殺す。 混乱を抑えるために来た国王軍六百人を切り殺す。 だが、徳の高い僧アルモンドの導きにより後悔して一生を神に捧げ、修道院の庭掃除をして余生を過ごす。
「切り殺す」(grutasione)には「耳を汚す」の意味もあり、テコーナの言葉はこれにひっかけたもの。




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